年に1,2回、山口に帰省しているのだが、たいていは週日のうちに松江に帰ってしまうので、 山口支部にはずいぶん長い間顔を見せていなかった。何年ぶりだろう。 懐かしい人がたくさんいた。
山口の教会はバイパス沿いのパラボラアンテナが見える位置にある。 二階の窓からは真正面に見えるので、喜ぶ人もいるかもしれない。
集会終了後、防府のバプテスマ会があり、フォントを借りに来たので、防府の人たちにも会った。 それこそ17年ぶりくらいに会った人もいた。懐かしい。
当時2歳くらいだった子がめちゃめちゃ成長してて、あいさつしてもお互いに全然分からなかったとか。 その子のお兄さんを見て、お父さんと勘違いしたとか(いつまでも若いなあとか思ってた)。
日曜日には仕事をしないことにしている。
安息日を覚えて、これを聖とせよ。六日のあいだ働いてあなたのすべてのわざをせよ。
七日目はあなたの神、主の安息であるから、なんのわざをもしてはならない。
[出エジプト 20:8-9より引用]
とあるからだ*1。とはいうものの、今回みたいに、
ような状況では、日曜日でも仕事しておきたいなあ、という誘惑に駆られる。
しかし、まあ、そういう状況でも自分の決めたルールに従い、かつ責任もきちんと果たすのが、 宗教を持つものとしてのあるべき態度だろう。冒険だが、今回もそうすることにする。
しかし、本当に「あるべき態度」は、もっと前から原稿を仕上げておくことではないか。 帰省することはず〜っと前からわかってたんだから。
*1 ユダヤ教徒の安息日は土曜日だが、キリスト教徒は「主の日」である日曜日を安息日としている
This work is licensed under a Creative Commons License.
宇宙通信ですか。あそこはいい撮影ポイントがないんですよ。いいなぁ
間違いなく釈迦に説法(?)ですが…。<br>キリスト自身は安息日に人助けしてませんでしたっけ。<br>それをツッコまれると「安息日に善を行うのと悪を行うのとどっちがいーの?」みたいなことを言ってたり。<br>あと、安息日の畑仕事を非難した人たちに「人のために安息日はあるのであって、逆ではない」みたいなことを言ってみたり。
たださんへ。<br><br>いいでしょう。<br>でも、なんで山口市にあんなにアンテナが集まってるんでしょうねえ。<br><br>hsさん、よくご存じですね。<br><br> また彼らに言われた、「安息日は人のためにあるもので、人が安<br> 息日のためにあるのではない。[マルコによる福音書 3:28]<br><br> 人々にむかって、「安息日に善を行うのと悪を行うのと、命を救<br> うのと殺すのと、どちらがよいか」と言われた。彼らは黙ってい<br> た。 [マルコによる福音書 3:4]<br><br>などと書いてあります。しかし、だからと言って安息日は大事じゃ<br>なくなったというわけではないので、自分の都合で安息日を破って<br>原稿を書くことはしないようにしようと考えています。<br><br>これが人助けとかだったら、安息日がどうこうと考えずに動くべき<br>ですよね。それに安息日だろうが働かないといけない職業もたくさ<br>んありますし(看護士とか警察官とか)。でも、私のはそうじゃない。<br>だから自分で決めたルールを遵守したわけです。<br><br>結局、書けたので、めでたし、めでたし、です。
山口にアンテナが集まるわけはここに。<br>http://wiki.spc.gr.jp/parabola/?YamaguchiPref