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Matzにっき


2007-09-20 [長年日記]

_ [知財] 絵本の文章、無断で掲載…作家の寮美千子さんが提訴

私は著作権は大事だと思っている。ので、 通常のケースなら、自分の文章が無断で利用されることに対して裁判を起こす人の気持ちは分からないでもない。ただ、このケースには賛同できない。

絵本の文章をホームページや本に無断で掲載されたとして、奈良市在住の作家、寮美千子さんが18日、岩井国臣・元参議院議員に、侵害行為の差し止めと75万円の損害賠償などを求める訴えを東京地裁に起こした。

しかし、この「絵本の文章」は彼女のオリジナルではない。

訴状によると、絵本は1995年に出版した「父は空 母は大地」で、先祖伝来の土地を追われることになった米先住民の首長が1854年に行ったとされる演説を寮さんが翻訳、再構成した。

さて、オリジナルの著作者は(実際には確定ではないらしいが)先住民の首長であり、 1854年の演説と言うことは、この首長さんが相当長生きでも著作権は切れていると考えてよいだろう。

では、この「無断掲載」は寮さんの著作権を侵害したことになるか。

  • オリジナルに著作権は無くても翻訳(二次創作物)に著作権がないわけではない。
  • が、翻訳・出版を行った事実はパブリックドメインの文章に対する 独占的な権利を発生させない。
  • オリジナルは英文であり、そこから独立に翻訳したものに寮さんの著作権はおよばない
  • よって、「無断掲載」された文章が(文言が微妙に違うなど)独立した翻訳である 可能性が否定できない場合には、彼女の権利侵害とは言い切れない
  • 「翻訳・再構成」した彼女の独自の成果が明らかに「無断掲載」に反映されているようならば なにがしかの権利侵害が発生したといえないことはないだろう

とはいえ、パブリックドメインの文章を翻訳・出版しておいて、他人に損害賠償を求めると言うのは、どうにも納得が行かない

追記(2009-09-30)

コメントでusagitoさんから情報をいただいた。 無断使用に対する著作者人格権に基づいた謝罪要求に相当する提訴であると理解しました。 「謝れ」と裁判で要求するのは現実的じゃありませんからね。

私が今回納得できなかったのは「パブリックドメインからの二次創作物の財産権に基づいた損害賠償」なので、上記の「賛同できない」、「納得できない」は取り下げます。

_ [Ruby] Asianux Road Show 東京

というイベントで講演することになった。10月16日。 よしおかさんの頼みを断れなかったからだ。 人脈というのはこのように活用するのね。

しかし、せっかくの機会なのでもうビジネスの話は忘れて 技術っぽい話をすることにした。 ベースはModelingForumの時の話なんだけど、 より技術っぽい話(って言っても、私のことだから知れてるけど)にフォーカスしようと思う。

参加は無料。けど120人が定員だな。あまり多くはない。

_ [言語] メニイコア、ヘテロジニアスコアのプログラミング言語

この記事で解説されているようなものを「言語」とは呼ばないと思う、普通。 なんか、CPUインストラクションセットを言語と呼んでるような感覚。

でも、アプローチとしては面白い。 「言語」はこの技術を如何に抽象化し、隠蔽したまま、活用するか、 というところが腕の見せ所になる。

_ [Ruby] Devlog - FasterCSVよりもLightCsvよりも速いCSVパーサ CSVScan

Moonwolfさんのところ。

定番の郵便番号データをパースして行数をカウントするプログラムだと、FasterCSV比で19倍。LightCSV比で12倍の速さ。

というからたいしたもんだ。しかし、それでも「Pythonのcsvモジュールに比べると60%の速度」なのだそうで、「Pythonのcsvモジュールは化物か」という気分だ。

いや、専用にC extensionを書き下ろしてるからなんだけど。

_ [言語] PHPの性能を大幅に改善するFastCGI

先週のMySQL Users Conferenceでもらった資料を眺めているのだが、 PHPの性能を大幅に改善する技術としてFastCGIが紹介されている。 いや、そりゃ、FastCGIは有効な技術であるのは分かるし、 Rubyでもproduction codeではずいぶん利用されている。

が、そんなに新しい技術というわけでもないし、 2007年にマーケット色たっぷりにパンフレットを作って紹介する ようなものではないような。

PHPの(あるいはZend+Microsoftの)マーケティングは 日々耳にするWeb技術のトレンドからずいぶん「遅れた」ところを ターゲットにしているように思えるんだけど、 それっていうのは「PHPの現実」を意味してるんだろうか。

本日のツッコミ(全20件) [ツッコミを入れる]
_ usagito (2007-09-29 20:56)

『父は空 母は大地』について。岩井氏の文章は、独自部分が皆無。寮美千子版には英文の「原典」がないのに、なぜ同一内容になるのか。独立の翻訳でないことは明白です。<br>http://ryomichico.net/seattle-complaint.html#list<br>そもそも、飛田茂雄版、北山耕平版、中沢新一版ほか、どの日本語版とも異なっており、文章だけで明らかに寮美千子版だと判別可能です。だからこそ、訴状にあるように「原告とはまったく異なる開発工事観や憲法改正論を展開した著書であり、原告は賛同できない被告書籍の主張を補完するために無断で自らの著作物が利用されたことで、大きな精神的損害を蒙った。かつ、本件著作物のファンが被告文章を目にした場合、原告の了承を得て本件著作物を転載したものと考え、あたかも原告が被告の主張に賛同したかのように誤解するおそれ」が問題になるのです。その旨をはっきりさせるため、損害賠償は著作者人格権侵害についてのみで、財産権についての請求はありません。また、絵本『父は空 母は大地』は現在も発売中の商業出版物ですが、版元の承諾を得て全文をWeb公開しています。<br>http://ryomichico.net/seattle.html<br>今回は、相当に悪質な利用についての提訴なのですが、Matzさんが「このケースには賛同できない」「どうにも納得が行かない」とお考えなのは、“パブリックドメイン作品からの派生物はすべてパブリックドメインでなければならない”というライセンス形態を例外なく適用すべきということでしょうか。

_ まつもと (2007-09-29 21:50)

usagitoさん、詳細な情報をありがとうございます。<br>ここまで同一だとそのまま書き写したことが明白ですね。<br>事前に具体的な情報を持たなかったので、非常に参考になります。<br><br>さて、この情報を得た後での私の感想を述べておきます。<br><br> * これは完全なコピーであり、岩井氏は知人からもらったものを<br> そのまま引用したというと主張していることを勘案しても、岩<br> 井氏の出自に対しての不見識は否めない。<br> * この文章はあくまでも翻訳であり、翻訳者の思想を反映してい<br> るとは限らない<br> * よって翻訳者とまったく異なる主張を補完するために転載され<br> たからといって、翻訳者がそれに賛同していると誤解される余<br> 地はない(少ない)<br><br>財産権について争っておられないということですから、その点は置くとしても、訴状の論理で精神的損害に対する賠償がなじむかどうかかなり疑問です。まあ、額を考えると損害賠償は形式的なもので、本心は謝罪を要求しておられるのかもしれませんが(謝罪の要求には共感できます)。<br><br>なお、私がパブリックドメインの二次創作物はすべてパブリックドメインでなければならないと考えているわけではないですが(あってほしいとは思っていますが)、二次創作者は原著作者でないので、損害賠償などはなじまない印象があります。

_ ライトユーザ (2007-09-29 22:42)

> PHPの性能を大幅に改善するFastCGI<br>ライトユーザの立場から言いますと、RubyのWebアプリは元々CGIが前提になるわけで、FastCGI(もしくはmod_ruby)でも使わなきゃ重さが気になる、ていう前提がありまして。だからみんな頑張って覚えて動かすという。<br>PHPは、何も考えずにファイルをアップして、そこそこの速度が出ていたていうアドバンテージもあったわけです。<br>つまり、それこそパフォーマンスがそんなにシビアでないユーザの要求をデフォルトで充分に満たしていたわけで、これは別の部分でRubyが目指しているものとある意味同じかと。<br>この辺りへの言及がないと、失礼ですがあまり程度のよくないPHPアンチ意見にしか思えないです。済みません。

_ まつもと (2007-09-29 22:54)

アンチ意見と言うか、今回揶揄しているのはPHPそのものではなく「今さらFastCGIは素晴らしいとマーケティングするZendとMicrosoft」なのです。

_ ライトユーザ (2007-09-29 23:11)

なるほど。誤読というか色眼鏡で読んでしまったようで失礼いたしました。<br>ただ、PHPユーザにとっては、FastCGIは「今さら」ではなく新しい視点でもある、とは思いますので、面白いご指摘だとは思います。

_ まつもと (2007-09-29 23:32)

こちらこそ。PHP(ライト)ユーザにとってはFastCGIは新しい視点、というのは興味深い観察でした。ありがとうございます。<br>そこで「ライトユーザなので今後も不要」といかないのがマーケティングというものでしょうか。

_ usagito (2007-09-30 01:22)

『父は空 母は大地』は、リンク先にも書いてあるように、米国に伝わった多数のバージョンを地球生態学の観点から再構成した、寮美千子【編・訳】の作品です。「翻訳」なら訳すべき一つの英文があるはずですが、そうではなく、シアトル首長の言葉からエコロジー思想の神髄を抽出精製した、新しいバージョンです。したがって「この文章はあくまでも翻訳であり、翻訳者の思想を反映しているとは限らない」というのは事実誤認です。<br>http://ryomichico.net/seattle.html<br>あと、民事裁判では基本的に、気持ちが傷ついた損害も、唯一の社会共通の尺度とされる「お金」に換算しないと話が始まりません。人が死んだ損害も「その損失はこれこれの金額」としてしか請求できないのです。そして裁判で謝罪命令をかちとるのは相当に困難です。現実的な話では、裁判を起こして戦うのには半端でない手間と時間とお金がかかるので、請求どおりの金銭的賠償が認められたとしても、まあ収支は合いません。あとは怒りと根性で埋めるしかありません。なお、著作権侵害は犯罪なので刑事告発も可能なのですが、手間のわりに不確実なので見送りとなりました。

_ ゆきち (2007-09-30 04:29)

なんか、まつもとさんの意見は「アルファベットはパブリックドメインなんだから、アルファベットから作ったものの創作性は認められない」と言っているのと同義な気がします...。

_ まつもと (2007-09-30 07:55)

アルファベットそのものは著作物じゃありませんから、それから作ったものは二次創作物ではありません。<br>そんな言い方は逆にオリジナル作者に対して失礼なのでは?

_ まつもと (2007-09-30 08:04)

usagitoさん、<br>一番納得できなかったのは「パブリックドメインからの二次創作物の財産権に対する損害賠償」で、今回はそれにあたらないということですから、これ以上誤解を流布しないために、後で元のエントリを追記・訂正しておきます。

_ ゆきち (2007-09-30 18:09)

やっとわかりました。話がかみ合わなかった(僕では無くて、usagitoさんと)のは、まつもとさんがオリジナルを好き過ぎるからです。法的な話題は既に了解したようなので置いておきますが、世の中には、「オリジナルが大事だ」という人と「人はいろんな影響を受けて生きているのだから、オリジナルなんて大したものじゃ無い。それより、加工、編集行為の方がよっぽど大事だ」という人がいます。前者は純粋なクリエイターに多くて、後者は文学史や美術史を学んだ人に多くいます。例えばこの件、アンディ・ウォーホールやロイ・リキテンシュタインの絵について追いかけてみればわかると思います。手近なところなら、ニコニコ動画の「職人」作品を見ればいいと思います。

_ ひらい (2007-09-30 23:06)

オリジナルを好き過ぎる、というより、フリーな素材の上に創作されたものはフリーで提供する、という文化に馴染んでるから、ということではないかなぁ、と思いました。

_ とおりすがり (2007-10-01 10:31)

頭の足りない僕の感覚から言うと、翻訳した"だけ"なのに転載されて目くじらを立てているのは非常に見苦しい。<br>もちろん翻訳が大変ってのは理解できますが。

_ f-satto (2007-10-01 13:35)

>翻訳した"だけ"なのに<br>事実誤認らしいYO

_ usagito (2007-10-01 18:18)

譬えていえば、アーカイブに転がっている、数十版に枝分かれしたソースを解析して、キモの部分を抽出し、すっきりしたコードで書き直してから移植したような仕事です。誰が手がけても問題ありませんが、誰がやっても同じようになるものではないし、成果物の署名を改竄されたら頭にきます。<br>しかも今回は、国会議員の公式サイトや著書で不法使用されました。出所を根本的に誤解している人すらいるでしょう。だから、公の場ではっきりさせるのです。

_ 成瀬 (2007-10-02 01:26)

うちの教授は、書の著作物や写真の著作物、俳句や標語、翻訳やアレンジ等の創作性の低い著作物は、創作性の高い著作物に比べて狭い保護範囲を与えるのが妥当だと主張していました。たとえば、オリジナルだと多少文言を変えただけでは原著作権に拘束されるが、標語等では多少アレンジしただけで拘束から外れる・・・と言ったような。

_ 物書き (2007-10-02 09:02)

>ソースを解析して、キモの部分を抽出し、すっきりしたコードで書き直してから移植したような仕事<br>逆に訴えるなって気持ちになった。なんでだろう? 仕事柄、翻訳・翻案、編集には著作権を認めて欲しいのが個人的な心情なんだけど。なんだか面白い。<br><br>>フリーな素材の上に創作されたものはフリーで提供する、という文化に馴染んでる<br>ってことなのかも。ソフトウェアの場合は。

_ 素人 (2007-10-03 04:13)

ネット批評はよく分からないのですが、訴える権利は誰にでもあるのですから、公の場での批評や批判は判決が出たときにすればよいのではと思うのですが。<br>「訴える行為」そのものには何の問題もないはずですが、なぜか払われてもいない請求金額ばかり取り上げる風潮には違和感を感じます。

_ oo (2007-10-03 09:59)

>訴える権利は誰にでもあるのですから、公の場での批評や批判は判決が出たときにすればよいのではと思うのですが。<br><br>法律で明確に決まっておらず判例もない場合の裁判官の判断は、世の中の一般の人の常識に合わせて行われるはずです(実際に常識に合ってるかどうかはともかく)。<br>係争中の裁判について国民が口をつぐんだら、世論が形成されず、裁判官一個人の独断になってしまいます。<br><br>今回は不十分な報道による誤解でしたけど、「著作権のない一次著作物の、オリジナリティーのない二次著作物に財産権を主張すべきでない」というのは、興味本位の揶揄ではなく、同意するかどうかは別にしても、まっとうな意見ですよね。そう思われないのでしょうか?

_ 素人 (2007-10-03 16:21)

>ooさん<br>>「著作権のない一次著作物の、オリジナリティーのない二次著作物に財産権を主張すべきでない」というのは、興味本位の揶揄ではなく、同意するかどうかは別にしても、まっとうな意見ですよね。そう思われないのでしょうか?<br><br>私はそう思います。<br>ただ法的に確定している事柄ではないと理解していますので、(今回の論点ではありませんが)訴訟をすること自体に意義はあると思います。<br>素人考えですが、判決は、確かに世論という要素もありますが、裁判官一個人(または複数)が裁判所での双方の主張と過去の判例と法解釈によって下すものだと思っています。<br>まだ常識とまでは確定されていない事柄に対して、自分たちに有利な世論を形成して有利な判決を引き出そうという目的の活動をされる方もいると思いますが、原告または被告に直接的な支援を行うか自分で裁判を起こす方がなんというか筋が通っているように思えるのは古い考えでしょうか。<br>(まつもと氏のエントリがそういう目的だと書く意図は全くありません)

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