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Matzにっき


2007-12-11 [長年日記]

_ MORI LOG ACADEMY: なんとなく節目かも

森博嗣が5年後に引退するという話。

なんか期限を決めて引退とか、あんまり想像できないな。 どういう感覚なんだろう。

小説家とプログラマは、元手がほとんど要らない点や、 ひとつの世界をゼロから創り出すという点で よく類似しているような扱いを受けるし、 私も類似点はあるのだろうなと思う。

しかし、こうしてみると相違点もあるかもしれない(私は小説家の実体はわからないけれども)。

「作品」としての小説とソフトウェアの最大の違いは、 やはりその手離れの良さだろう。 普通、小説は一定期間で完成し、一度完成したらほとんど手を入れることはない。 出版後に小説に手を入れることは、それほど多くはない(ようだ)。 たとえば、井伏鱒二が「山椒魚」の末尾を削除しちゃった話は有名だけど。

小説も改版のときに少々直しを入れることはあるらしいけど、 ソフトウェアほどではないだろう。

一方のソフトウェアは、手離れが悪い。 私がRubyの開発を14年も続けているのなんてその最たる例だろう。 公開しながら14年間もほぼ毎日手を入れるような例が小説にあるとは思えない。

また、結果のコントロールしやすさという点でも、 小説とソフトウェアは異なる。 小説を読んだ結果というのは、読んだ人がどう感じるかというのが 一番重要なことだと思うが、同じ本を読んでも感じ方は一人一人違う。

一方、ソフトウェアは結果を「再現」するものは 再現性の非常に高いコンピュータである。 基本的にソフトウェアは作者の意図通りに動くはずだ。 バグがなければ。そしてバグがないことは滅多にないけれども。

というわけで、小説とソフトウェアは作品としての性質は結構違うという話。

でも、世界を創る「万能感」が動機になってるところとかは、 「小説家」と「プログラマ」はやっぱり結構似てるかもしれないけどね。

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_ こじま (2007-12-15 13:54)

森氏の場合は、(MORI LOG ACADEMYに書いてあることを額面通りに受け取れば)小説を書くのはあくまでも「職業」だというスタンスで、ほんとうにやりたいことは趣味のほうだ、と常々いってます(まあ、森氏の主張は額面通り受け取っていいものかどうかわからないのですが)。<br><br>なので、Matzさんのようなタイプのプログラマの引退と、森氏のようなタイプの小説家の引退は、同じ引退でもだいぶ意味が異なると思います。<br><br>Matzさんにとっての期限を決めての引退は、森氏にとって、たとえば模型飛行機の工作から期限を決めて引退する、ことに近いのではないかと想像します。

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