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Matzにっき


2005-01-25 [長年日記]

_ [OSS]見直しがすすむGPL

ITmediaにも同じ記事

元々は、Linux.com分室に書いた記事だが、こちらにあまりにたくさんコメントがついたので利便性のため、こちらにもコピーすることにする。

「GPLの見直しが進んでいる」が、その詳細は明らかになっていない、という話。 GPL3についての新しい情報はなにもないが、 それぞれの人が勝手な立場からいろいろ期待していることは分かる。

Sughrue Mion法律事務所に所属する弁護士のFrank Bernsteinによると、... 特許に関する問題が解決されれば、オープンソースソフトウェアの(発展の)貢献者であり顧客でもある企業にとっては、GPLがさらに利用しやすいものになる可能性があるという。
オープンソース文化を啓蒙する非営利組織Open Source Initiative(OSI)会長のEric Raymondは、「ソフトウェア特許に関する厄介で崩れかけた少数寡占体制がより深刻な被害をもたらす前に、それを解体する方法を見出す必要がある」と述べ、さらに「仮にGPL Version 3がその一助になるのであれば、(同ライセンスは)大変貴重な存在だ」と語った。
オープンソース提唱者のBruce Perensは、特許権侵害訴訟に関する罰則が、単に問題のソフトウェアの使用禁止から、フリーソフトウェアと分類される全てのプログラムの使用禁止へと強化されることを期待しているという。「次期版GPLに、例えば、ある人物が特定のフリーソフトウェアに関する特許権を行使したら、その人間のフリーソフト使用権が消滅するといった、相互防衛条項が盛り込まれることを期待している」(Perens)

Eric RaymondやBruce Perensが、Stallman以上にGPLを「武器」として使いたがっているのは、 興味深い。

しかし、私の予想では、いろいろなしがらみからそのような「劇的な変更」は行われず、 現在の条項の明確化が行われるのがせいぜいだと思う。

GPLにはこんなことが書いてあるしね。

9. The Free Software Foundation may publish revised and/or new versions of the General Public License from time to time. Such new versions will be similar in spirit to the present version, but may differ in detail to address new problems or concerns.

現在の精神を満たしつつ、新たな「制約」を加えるのは容易ではないだろう。

さて、仮にGPL3が登場したとしよう。 現時点ではどのようになるのかまったく明らかにされていないので、 どのような条項になるのか予想することさえ困難だが、 それは現在のGPL(GPL2)よりもある部分では制限が厳しくなるかもしれないし、 別の部分では制限が緩くなるかもしれない。

さて、それは現在すでにGPLが適用されているオープンソースソフトウェアにどのような影響を及ぼすか。

多くのGPLソフトウェアにはこのような注意書が書かれていることが多い。

This program is free software; you can redistribute it and/or modify it under the terms of the GNU General Public License as published by the Free Software Foundation; either version 2, or (at your option) any later version.

This program is distributed in the hope that it will be useful, but WITHOUT ANY WARRANTY; without even the implied warranty of MERCHANTABILITY or FITNESS FOR A PARTICULAR PURPOSE. See the GNU General Public License for more details.

つまり、このソフトウェアを修正あるいは配布する際のライセンスとして、 GPL2かまたはGPL3の「好きな方」を選ぶことができる、という意味だ。

このライセンスを受け取った人のうち、 GPL3の方が制限が厳しくなる部分が(あるかどうかさえ現時点ではわからないけど)気に入らない人は自らにGPL2を適用することができる。 逆にGPL3の方が制限が緩くなる部分があり、その方が都合が良い人はGPL3を適用できる。 が、その場合でもそのソフトウェアのライセンスの条件が「either version 2, or (at your option) any later version」であることには代わりがない。 この条件だとGPL3が「自動的に適用可能になる」が、「自動的に適用される」わけではない。

だがしかし、これだけ外部からいろいろ言われていると、 「将来のFSFの行動を信頼できない」と思う人もいるかもしれない。 私は20年以上の実績を信じるけど。

そういう人は「このバージョンのGPL」とか「添付したGPL」とかを明示するとよいだろう(Linuxはそうしている)。 個人的にはそれによってえられるメリットは多くはないと思うけど、 それによって「心の平安」が得られるのなら、それはそれで良いと思う。

本日のツッコミ(全46件) [ツッコミを入れる]
_ kazuho (2005-01-25 16:23)

『GPL2かまたはGPL3の「好きな方」を選ぶことができる』から問題ない、という論が良くありますが、それは間違いだと思います。<br>ある製品について、開発コミュニティが多数意思をもって「今後のバージョンはGPL3で配布する」と決定した場合、少数派がGPL2版からフォークして開発を継続していけるかは疑問です。このような分断が発生しうるような変更がGPL3において導入されるとしたら、問題だと思います。<br>このあたりは自分のブログ (http://kazuho.exblog.jp/1648725/) で、延々議論していますので、一読いただければ。

_ まつもと (2005-01-25 16:59)

書かれていることからは、どう「間違い」であるか私には判断できませんでした(ブログを読んでも)。> kazuhoさん<br><br>仮定として「開発コミュニティが多数意思をもって「今後のバージョンはGPL3で配布する」と決定した場合」とありますが、別にGPL3に限らずそのようなライセンス変更の判断はたびたび起きうることですし、開発コミュニティが(自主的に)決定したのであれば、それがGPL3であろうと、BSDライセンスであろうとなにも問題はないと思うので、kazuhoさんがなにを問題にしていらっしゃるのか理解できません。<br><br>ライセンス変更には著作権者全員の合意が必要なので、FSFのような手続きを経ていない場合には面倒が発生する(そしてその結果変更できない)場合がありえますが、それは別の話だと思います。<br><br>さらにライセンスの変更は過去に遡って適用されないので、GPL3の適用に反対する人にはGPL2のフォークを作り出す選択肢が残されています。もっとも個人的にはStallman(とFSF)がそのような大問題が起こるほどの劇的な変更を導入するとはとても思えませんが。<br><br>というわけで、結局は「kazuhoさんがFSFを信頼できない」ってことを形を変えて表現しているだけに見えるんですけど。<br>違うのかな。

_ kazuho (2005-01-25 20:14)

「GPL2以降」で配布されているソフトウェアのライセンスを「GPL3以降」に変更する場合、著作権者の許可は _不要_ だと思います。<br>現実的には、たとえばあるソフトについて、その開発コミュニティの9割が賛成すれば (残り1割が反対したとしても) 、以降のバージョンを「GPL3以降」としてリリースすることが可能でしょう。<br><br>ですが、この場合、GPL3への移行に反対した残り1割の著作権者は、将来のバージョンで受容できないライセンスが採用される可能性を理解した上で、開発作業に参加していたのでしょうか。大多数の開発者は気づいていないと思います。<br><br>普通、オープンソースの開発は、将来にわたり他人と成果を共有できることを前提に参加しますよね。残り1割にとっては、その期待が裏切られるわけです。<br>FSFは、この点の注意を喚起せずに、GPL2のライセンスに「このライセンスを使用するには『GPL2以降で〜』と書けばよい」と記しています。これは、倫理的に問題だと思います。<br><br>フォークすればよい、という主張も、かならずしも実際的ではありません。既存のバージョンを使うだけならばいいのでしょうが、残った1割でGPL2版を開発し続けたとしても、ペースは非常に遅くなります。共有されるはずだったリソースの9割は使用できないわけですから当然です。ここでまた同じ話になりますが、残り1割の人々は、そういう可能性を理解した上で開発に参加していたのでしょうか?

_ おくじ (2005-01-25 22:01)

GPL2がGPL3に対してのみコピーレフトでなくなる、というだけのことですから、kazuhoさんが主張していることはコピーレフトでないライセンスに対する懸念と全く同じことですよね。<br><br>GPLを支持する人がソフトウェアの自由に反する選択をするとは思われないので(FSF自身を含めて)、私には心配のし過ぎのように見えます。

_ kazuho (2005-01-25 23:18)

おくじさんへ:<br><br>たとえば BSD ライセンスの場合には、開発者はコピーレフトでないと理解した上で開発に参加しますよね? でも、「GPL2以降」で開発している人たちは「GPL3に対してコピーレフトでなくなる」ということを認識していない (また、FSFも注意喚起していない) わけで、そのような状況においてライセンス改訂を行うのが問題だと言っているわけです。<br><br>また、過去ASPに対して改変の公開を迫るようなGPLの改訂が実際に検討されていたことも踏まえると、私は(GPL2 を使うことはできても)FSFを信じることはできません。<br>実際に、Linus Torvalds氏などは、GPL2を支持していてもGPL3に懸念を表明しています。彼の意見は、 http://kazuho.exblog.jp/1638768/ をごらんいただければ。

_ まつもと (2005-01-25 23:24)

おくじさんもおっしゃっていますが、kazuhoさんがそこまで心配される理由をあまり思いつきません。<br><br>Stallmanは信念と技術力と行動力を兼ね備えた「立派な」人物です(「人当たりの良さ」とか「温厚さ」とかは備えてないみたいですが)。彼の20年以上の一貫した行動から見て、ソフトウェアの自由を擁護することに関して、私は私自身よりも彼を信頼します。その信念に完全に賛同しているわけではありませんし、むしろ一部賛同しかねるところもあるのですが、信頼していることは確かです。<br><br>そのような彼がリリースする将来のGPLが、GPL2を受け入れた人々にとって「致命的」になる可能性がそれほど高いとはどうしても思えません。<br><br>いずれにしても実際にGPL3の案が登場してからでないとなんとも言えないと思います。<br>あるいはkazuhoさんはGPL3がそのような(問題になるほど多くの人から賛同を得られない)ものになるというインサイダー情報をゲットしておられるわけでしょうか。<br><br> > FSFは、この点の注意を喚起せずに、GPL2のライセンスに「こ<br> > のライセンスを使用するには『GPL2以降で〜』と書けばよい」<br> > と記しています。これは、倫理的に問題だと思います。<br><br>えーと、これは<br><br> 9. The Free Software Foundation may publish revised and/or new versions<br> of the General Public License from time to time. Such new versions will<br> be similar in spirit to the present version, but may differ in detail to<br> address new problems or concerns.<br><br> Each version is given a distinguishing version number. If the Program<br> specifies a version number of this License which applies to it and "any<br> later version", you have the option of following the terms and conditions<br> either of that version or of any later version published by the Free<br> Software Foundation. If the Program does not specify a version number of<br> this License, you may choose any version ever published by the Free Software<br> Foundation.<br><br>のことですか? どこを読んでも「書けば良い」とは書いてないと思うのですが。あるのは「書いてあれば」ですよね。<br><br>多くのソフトウェアは将来のGPLも(これまでと同じように)ソフトウェアの自由を擁護するものだと信じているので、「any later version」と書いているのだと思います。Linusやkazuhoさんのように、なんらかの理由でそれを信じることができない人は、それを含めない、あるいは逆に「_this_ particular version of the license」と明言することができます。<br><br>「バージョンが指定してなければ〜」というくだりはありますが、それも含めて「FSFは今までも将来もソフトウェアの自由を擁護する」という自意識の現れだと思いますし、明示的にバージョンを指定することで回避できるので、「倫理的に問題」とは考えません。<br><br>kazuhoさんがおっしゃる「問題」というのは、<br><br> * GPL3が今までのGPL2の精神に反するようなものとなる<br> * GPL3がなんらかの事情で多くの人から受け入れられないものとなる<br> * FSFを信じることができないのに無自覚なまま「any later version」を適用している人がいる<br><br>などの隠れた前提を必要としていると思います。私にはこれらの前提が当然のように成立しているとはとても思えませんし、将来、成立するようになる危険性も高くないように感じられます。<br><br>それとも「危険性がわずかにでもあるのは許せない」という主張ですか。それならそれでわからないでもないかも。

_ まつもと (2005-01-25 23:53)

あ、そうそう。<br><br> > 普通、オープンソースの開発は、将来にわたり他人と成果を共<br> > 有できることを前提に参加しますよね。残り1割にとっては、<br> > その期待が裏切られるわけです。<br><br>の件ですが、ある開発者がオープンソース開発に参加できなくなる理由はそれこそ星の数ほどあるわけで、それらをすべて考慮することは不可能でしょう。むしろ現時点でどれだけいるかわからない「非賛同者」を「残り1割」と呼んじゃう方がレトリックを感じちゃいます。<br><br>そもそも、Stallmanにそんなこと言ったら「私はオープンソースなどとは関係ない」とか言われそう。<br><br>繰り返しになりますが、FSFは「"any later version"と書け」なんて言ってません。<br>GNUソフトウェアにはそう書いてありますが、それはある意味当たり前ですよね。<br>FSF自身によるソフトウェアなんだから。<br><br>FSFは「GPLは(FSFが定義するところの)ソフトウェアの自由を擁護するためのライセンスであり、それを選ぶ人はソフトウェアの自由を擁護することに賛同しているはず。また、将来のGPLは(FSFが定義するところの)ソフトウェアの自由をより良く擁護するものであり、現在GPLを適用している人は、ほぼ間違いなく将来のGPLにも賛同してくれる」と信じてると思います。ま、少なくともGPL2ができた1991年当時はそうでしょう。<br>だから、GPLの文言がその意識を反映したものになるのもある意味当然だと思います。<br><br>FSFからでないGPLソフトウェアが自分の判断で「any later version」と書いちゃうことをFSFに考慮しろというのはどうかと思います。その意味を理解していない人(ソフトウェア)が多いのだとしたら(私はそういうい人が多いか少ないか知りませんが)、その人たちへの啓蒙には意味があると思いますが、FSFに文句を言うのはお門違いでしょう。

_ kazuho (2005-01-26 00:31)

反論ありがとうございます。この問題は結構気になるので、あえて書かせていただいています。<br><br>> > FSFは、この点の注意を喚起せずに、GPL2のライセンスに「こ <br>> > のライセンスを使用するには『GPL2以降で〜』と書けばよい」 <br>> > と記しています。これは、倫理的に問題だと思います。<br><br>> えーと、これは <br>> 9. The Free Software Foundation may publish revised and/or new versions <br>> (略)<br>> のことですか? どこを読んでも「書けば良い」とは書いてないと思うのですが。ある<br>> のは「書いてあれば」ですよね。<br><br>明確に指摘すべきでした。申し訳ありません。私が問題視しているのは、ライセンス本体<br>の直後にある「How to Apply These Terms to Your New Programs」のことです。ここに、<br><br> If you develop a new program, and you want it to be of the greatest<br> possible use to the public, the best way to achieve this is to make it<br> free software which everyone can redistribute and change under these terms.<br><br> To do so, attach the following notices to the program. (以下略)<br><br>として、 "version 2 of the License, or (at your option) any later version" と書けば良いと記してあります。<br>また、ご指摘の9章についても「GPL2以降」と指定した場合、およびバージョン指定をしなかった場合について述べているだけであり、将来のネガティブな可能性についての話、あるいは、「GPL2」と限定して使用することには一言も触れていません。<br><br><br>> kazuhoさんがおっしゃる「問題」というのは、 <br>> <br>> * GPL3が今までのGPL2の精神に反するようなものとなる <br>> * GPL3がなんらかの事情で多くの人から受け入れられないものとなる <br>> * FSFを信じることができないのに無自覚なまま「any later version」を適用してい<br>> る人がいる<br>> <br>> などの隠れた前提を必要としていると思います。<br><br>第1の点については、ライセンスの実質的な変更が行われた場合、それを「精神に反する」かどうかは、個々人によって受け取り方が異なってくるでしょう。<br><br>第3の点については、おっしゃるとおり、そういう前提を置いています。より正確に言うならば、「将来においてもFSFが信頼できるか考えないまま「any later version」を適用している人がいる」という感じでしょうか。<br>この前提は間違っていないと思います。GPLを紹介する記事で「any later version」と書くことの意味に触れている記事を、私は寡聞にして目にしたことがありません。また、この点については、上に書いたように、注意喚起をしていないFSFにも不作為責任があると思っています。<br><br>第2の点については、「多くの人から受け入れられないものとなる」ことを懸念しているわけではありません。大多数の人がGPL3を受け入れ、ソフトウェアのライセンスがGPL3へ移行していくことで、GPL3を受容できない少数が見捨てられてしまうことを懸念しています。第3の前提において、その少数は可能性を認識した上でGPLにコミットしてきたわけではないのですから。<br><br><br>後先になりますが、<br><br>> いずれにしても実際にGPL3の案が登場してからでないとなんとも言えないと思います。<br>> あるいはkazuhoさんはGPL3がそのような(問題になるほど多くの人から賛同を得られな<br>> い)ものになるというインサイダー情報をゲットしておられるわけでしょうか。<br><br>インサイダー情報をもとに書いているわけではありません。<br>ただ、FSFの秘密主義的な性格を鑑みると、案が登場する前から議論をしておくことも無意味ではないと思います。

_ まつもと (2005-01-26 01:07)

「How to Apply These Terms to Your New Programs」は見落としてました。<br>FSFの立場から言えば当然だとは思いますが。<br><br>というか、ライセンス文書で「私は将来信頼できない行動をするかもしれないから」と注意喚起する人がいたら、むしろそっちのほうが普通でないと思います。そういう意味で私はFSFに「不作為責任」があるとは思いません。繰り返しになりますが「安易にany later versionを適用している人」がそれなりにいるのであれば、そのような人に対する啓蒙活動に反対はしませんが、私自身はやろうとは思いませんし、FSFがやるべきだとも思いません。そのような「安易さ」の危険性が十分に示されていない以上、なんだか「杞憂」を地で行っているように見えてしまいます。<br><br> > 第2の点については、「多くの人から受け入れられないものと<br> > なる」ことを懸念しているわけではありません。大多数の人が<br> > GPL3を受け入れ、ソフトウェアのライセンスがGPL3へ移行して<br> > いくことで、GPL3を受容できない少数が見捨てられてしまうこ<br> > とを懸念しています。第3の前提において、その少数は可能性<br> > を認識した上でGPLにコミットしてきたわけではないのですから。<br><br>よくわからないのですが、では、kazuhoさんはGPLがどのようになるべきだと考えておられるのですか。あるいはFSFがどのように行動すべきだと。<br><br>上記の部分だけを読むと「FSFはGPLを今後一切変更すべきでない」という風にも読めてしまいます。<br>GPL3がリリースされてしまえば、「ソフトウェアのライセンスがGPL3へ移行していくことで、GPL3を受容できない少数が見捨てられてしまう」事態は「any later version」の文があってもなくてもいずれ発生することですよね。多少速いか遅いかだけで。それを「見捨てられることを懸念」というのはどういうことなんでしょう。<br><br>GPL2がソフトウェアの自由を擁護する目的として考えても完璧でないのは確かで、改善の余地はあるはずです。件のZDnetの記事にも改善した方が良さそうな点が列挙されていましたよね。FSFにはそういう点を(も含めて)改善するためにGPL3をリリースすることを考えているのだと思います。しかし、どのようなGPL3が定義されたとしても、それを受容できない人が発生する可能性をゼロにすることはできません。ならば不可避なことについてまだ起きてもいないのに愚痴るのはあまり生産的な行為ではないように思います。<br><br> > ただ、FSFの秘密主義的な性格を鑑みると、案が登場する前から<br> > 議論をしておくことも無意味ではないと思います。<br> <br>「FSFの秘密主義的な性格」ってのはよくわからないのですが(そうなんですか?)、GPL3について流れている「憶測」をベースに議論しても有意義な結果が出るとは思えないのですが。「any later version」という表現の持つ可能性についてだって、どのくらい意味があるのか私には疑問です。

_ たかはし (2005-01-26 01:40)

例えばRubyというソフトウェアはGPLと独自ライセンス(Artistic類似)のデュアルライセンスとなっているわけですが、これもいきなり「明日からGPLのみでいきます。独自ライセンスってわかりにくいしね。みなさんよろしく /:|)」とまつもとさんが宣言すれば、ライセンス的にはたぶん問題なく、それ以降のバージョンのRubyはGPLになってしまいます。<br>で、それってそうなる「可能性を理解した上で、開発作業に参加していたのでしょうか」と言われれば、ふつうそんな可能性は考えつかないでしょうし、最終的には「期待が裏切られる」というひとも出てくるでしょう。<br>でも、(MLは荒れに荒れそうですが)最終的にはみんなまつもとさんの判断に納得するでしょう。その程度にはみんなまつもとさんを信頼しているのだと思います。<br><br>……という話と同じような話だと思うんですけど、違うんでしょうか?

_ mhatta (2005-01-26 02:38)

「FSFは秘密主義」と言われるけれども、ライセンスを改訂する際には事前にドラフトを公開し、パブリックコメントを広く集めています。例えば、GNU FDLをVersion 1.1から1.2に改訂した際には、2002年2月7日から3月1日まで意見を受け付け、かなりの部分を反映させました。怪我の功名と言えば聞こえが良いですが、実のところ私が訳を追従させるのをさぼっていたので(更新は今やってます…)、当時の様子がhttp://www.opensource.jp/fdl/fdl.ja.htmlでまだ窺えます。まあ、3週間は短いと言われれば、なんとも言いようがないのですが。<br><br>また、このGFDLの文言に関してFSFとDebian Projectは微妙に対立しているのですが、この点に関しても両方から数名ずつ代表者を出して話し合いを進めています。ようするに、FSFが一方的かつ恣意的にライセンスを改訂するということは、ほぼありえないし、現実問題として不可能です。<br><br>あと、2000年にRMSに会ったときすでに、GPL3を近々出すよ!と言っていました。それがもう5年経ってこの始末なわけで、個人的にはまつもとさん同様、文言をクリアにするくらいのわずかな修正版(GPL2.1?)を出すということはあるでしょうが、少数であっても「派」と言えるほどの人数が不満を持つような抜本的な変更を加えた新版は当分ドラフトすら出せないのではないかと思っています。もちろんそれが良いことかといわれると、うーん、とうなってしまうわけですが。

_ kazuho (2005-01-26 10:59)

まつもとさんへ:<br><br>FSF の何が問題なのか、どうあるべきなのか、について、私の考えを http://kazuho.exblog.jp/1835757/ に書きましたので、ごらんいただければと思います。<br><br>また、私は (CNET の記事が正しいならば) 特許の不争条項の導入を検討しながら、「(新版は)全体的に見て、Version 2と同じものになりそうだ」という主張をするようなライセンス管理者 (=Stallman) は信頼できないと思います。<br><br><br>たかはしさんへ:<br><br>私は、ライセンス変更の可能性について、FSFが誤った理解を広めている点を批判しています。<br>ですので、ご指摘は、まつもとさんが「Ruby を今後とも Artistic (類似) ライセンスで公開していきます」とでもおっしゃっていない限り、あたらないと思います。<br><br><br>mhatta さんへ:<br><br>GFDL の改訂の件は存じませんでした。ありがとうございます。<br>GPL3 の発行に先立ちパブリックコメントの期間が用意されるとしたら、望ましいことだと思います。ただ、報道されているような大規模な変更が入るのであれば、おっしゃるとおり3週間では、とても足りないということになると思います。<br><br>また、<br><br>> 文言をクリアにするくらいのわずかな修正版(GPL2.1?)を出すということはあるでしょ<br>> うが、少数であっても「派」と言えるほどの人数が不満を持つような抜本的な変更を加<br>> えた新版は当分ドラフトすら出せないのではないかと思っています。<br><br>とのことですが、たとえば (報道によると Stallman が検討していることになっている) 特許の不争条項導入は、文言をクリアにするといったレベルではなく、かなり大きな変化です。<br>実際にそのような検討が行われているということ、具体的な検討内容が公開されていないこと、誰が検討に参加しているか公開されていないこと、を踏まえると、大きな変更がドラフトとしてあがってくることはないだろうし、あがってきたとしてもたぶんパブリックコメントで修正されるだろう、というのは、私には楽観論にすぎるように感じられます。

_ まつもと (2005-01-26 12:38)

「Stallmanが検討しているという特許の不浄条項導入」とは報道のどの部分に相当しますか。<br><br>私の読む限り、この記事の中でStallman自身の言葉(GPL3についての意味がある言及)は、<br><br> 「新版GPLの下でソフトウェアをリリースする人々が、それらの改正に不満を抱くとは思えない」<br> 「まだ世間に何かを示せる段階にはない。われわれは自分たちが何をしたいのかを分かってはいるが、どのようにそれを実現するかははっきりしていない」<br><br>だけだと思います。あと、3ページ目には<br><br> * GPLと他のライセンスとの互換性強化(制約が緩くなるってこと?)<br> * TiVoのやりかたは「本来フリーソフトのあるべき姿ではない」<br> * 「すでにそのようなコマンドが組み込まれているプログラムを修正した場合は、<br> その後もコマンドが動作し続けるようにしなければならない」<br><br>とありますが、Stallmanがどのような文脈で話したか明確ではありませんし、GPL3にその条項を取り込むと宣言したわけでもありません。特に最後のものはStallmanが「したいこと」だが、それをGPL3でどう実現するのか(もう何年も考えているのに)はっきりしないことだと思います。<br><br>どう実現するのか、それともそもそもGPL3に取り込むのかさえわからないことをもって、「信頼できない」というのはどうだかな、と思います。<br><br>GPLでは技術的な理由もあって制限できないことでもStallmanは苦々しく思っていることがあって(たとえば、Webサービス企業に修正したソフトウェアの公開を強制できないこと)、それを「なんとかしたい」とたびたび発言していますが、それがGPL3に取り込まれるとは限りません。GPLは彼の最大の武器なので「なんとかする」ために使いたいと思うのは自然ですが、契約ごとなのでなんとかできるとは限りません。<br><br>さて、それとは別にGPL3への特許の不浄条項導入ですが、kazuhoさん自身のブログへのコメントにあったように、特許関連の条項だからただちに問題となるとは限らないと思うのですが、その辺をどう考えておられますか。<br><br>http://kazuho.exblog.jp/1831142/

_ kazuho (2005-01-26 15:15)

> 「Stallmanが検討しているという特許の不浄条項導入」とは報道のどの部分に相当しますか。<br><br>以下の段落を意図しています。<br><br>  Sughrue Mion法律事務所に所属する弁護士のFrank Bernsteinによると、Stallman<br> はApple ComputerのApple Public Source LicenseやIBMがよく使用するCommon<br> Public Licenseのようなものを想定しているという。どちらのライセンスも、ソフト<br> ウェアに使用されている特許の利用権を認めており、仮にある企業/組織が特許権侵<br> 害で提訴した場合、その企業/組織の持つソフトウェア使用/配布権は消滅すること<br> になっている。<br><br>ただ、原文を再読してみると、CNET の誤訳のような気がします。また、そのような報道がなされている状況において、「信頼できない」ではなく「信頼できるかどうかわからない」と書くべきだったと思います。この点については、申し訳ありませんが、訂正させてください。<br><br><br>> さて、それとは別にGPL3への特許の不浄条項導入ですが、kazuhoさん自身のブログへの<br>> コメントにあったように、特許関連の条項だからただちに問題となるとは限らないと思<br>> うのですが、その辺をどう考えておられますか。<br><br>(私は、変更の可能性が周知されていなかったという前提のもとに) ライセンスの意味を後から変更するべきでないと考えています。<br><br>したがって、許諾条件を明確化するという意味で、特許の使用許諾を追記するという1点のみの改訂であれば、反対しません。<br>逆に、不争条項のような、ライセンスの意味が変化する条項の導入には反対です。<br><br> また、 http://kazuho.exblog.jp/1654258/ の追記部分にあるように、不争条項が導入されたとして、それが悪用されるのではないか、とも懸念しています。<br> 不争条項は諸刃の剣です。フリーソフトウェアを特許訴訟から守るという効果はあるでしょう。しかし、逆に、特許訴訟を避けることを目的として、競合他社の特許に含まれる機能を GPL で公開する営利企業が出現するかもしれません。<br> あくまでも例ですが、ACCESS の特許侵害を目的として Opera が wget を拡張し、自社製品の一部として配布し始めたらどうなるでしょう。Bruce Perens の主張する相互防衛条項であろうが、単純な二者間の不争条項であろうが、 ACCESS にとって、wget の著作権保有者である GNU を訴えることは不可能です。なぜなら、((L)GPL3 に移行するであろう) 最新の GNU ソフトウェアを使用できなくなるのは Linux 向けのブラウザビジネスから撤退することを意味するわけですから。<br> 不争条項を追加するということは、このように、しょうもない問題を増やす点で逆効果だと思っています。

_ まつもと (2005-01-26 15:46)

おっしゃることはわからないでもないですし、「信頼できない」ではなく「信頼できるかどうかわからない」という修正は適切だと思います。また、「ライセンスの意味が変化するような条項の導入に反対」という主張も(賛成するかどうかは置いておいて)理解できます。<br><br>が、実際のGPL3の変化がどのようなるのかまったく分かってない時点で、kazuhoさんのブログにあるような論調が適切かどうかというと私はかなり疑問です。kazuhoさんの批判のうち「FSFが発狂した行動を取った場合に契約上の縛りがない」という指摘は当たっているかもしれませんが、実際にFSFがそのような発狂した行動を取る可能性がどれだけあるのかは示されていませんし、FSFの過去の行動を見る限りその可能性が高いとは私には思えません。<br><br>GPL3においてなされる変更が、些細であっても「意味が変化する」場合には、その変化を受け入れられない人が切り捨てられるという懸念も、心情的にはわからないでもないですが、実質的な問題が発生するシナリオはあんまり思いつきません。開発者自身は自分のソフトウェアのライセンスを自由に選べるわけですし、貢献者はオープンソース(フリーソフトウェア)という大きなくくりが満足されている限り、ライセンスの(些細な)条項についてそれほどこだわりを持つとは考えにくいです。<br><br>最後、特許の不浄条項についていろいろと懸念しておられますが、GPLでなくてもそのような条項を持つライセンスはすでにあるわけですから(元の記事にもCPLにはあると書いてありましたよね)、そのような危険性がもし本当にあるのであれば、現在存在しないGPL3に対して非難するよりも、それらに対して同様の懸念を表明する方が先ではないかと思います。<br><br>しかし、CPLは世界でもっとも特許を数多く保有している企業のひとつであるIBMが弁護士と協議の上決めたライセンスのはずですから、その中に含まれる「不浄条項」なるものが、おっしゃるような特許制度を破壊する事態を招く危険性が高いとは私には思えませんが。楽観的すぎますか。

_ mad-p (2005-01-26 18:07)

> FSFは、この点の注意を喚起せずに、GPL2のライセンスに「こ<br> > のライセンスを使用するには『GPL2以降で〜』と書けばよい」<br> > と記しています。これは、倫理的に問題だと思います。<br><br>「any later version」の意味を理解せずにGPLを適用してる人なんていませんよ。そんなのGPL1から2になるときにさんざん議論して、安心できない人は「GPL version 1, but not later version」とか書いてたでしょう?<br><br> > 倫理的に問題だと思います。<br>理解しないで使う方が倫理的に問題だと思いますが……。<br><br>> 私は、変更の可能性が周知されていなかったという前提のもとに<br>そのような前提は成立していないですね。知らなかった人が不勉強だってだけで、周知されてなかったとは考えられないですよ。<br><br>現実的な問題としては「GPL1」「GPL2」「GPL3」(それぞれ後継版の適用不可)が適用された3つのファイルからderiveしたソフトウェアを作った場合、その派生ソフトにどんなライセンスをつけるべきか、そもそも再配布なんかできるのか、という点があると思います。

_ mad-p (2005-01-26 18:25)

もうひとつ。<br><br>「GPL3」がもし出たら、ライセンス形態の選択肢が増えるわけです。過去のGPLは、将来新版のGPLが出たときに、選択肢が増えるように作られています。より自由になるようにしているのです。しかも選択の自由がフリーソフトウェアの著者ではなく、利用者に約束されているのです。<br><br>http://kazuho.exblog.jp/1624574/ で、「GNUがライセンスの改変権を保持」とありますが、これは単なる誤解です。初期のGPL2の日本語訳が間違っていたことがまだ影響しているのでしょうか?<br><br>まあ、思想としてGPLが保証しようとしているのは利用者の自由であって、それが著作者の権利より優先されている、ということは言えるでしょう。

_ kazuho (2005-01-26 23:08)

まつもとさんへ:<br><br>> 貢献者はオープンソース(フリーソフトウェア)という大きなくくりが満足されている限<br>> り、ライセンスの(些細な)条項についてそれほどこだわりを持つとは考えにくいです。<br><br>たとえば、(ソフトウェア特許を出願しているような)企業がフリーソフトウェアに貢献していることがままあると思います。そのようなケースでは、ライセンスにどのような対特許条項が盛り込まれるか、というのは重要な問題でしょう。<br><br>また、CPL 等の不争条項については、ライセンスの公開当初から含まれているものであり、GPL3において不争条項を導入した場合のインパクトと同列に論じるのは間違いだと考えます。<br><br><br>mad-p さんへ:<br><br>> 「any later version」の意味を理解せずにGPLを適用してる人なんていませんよ。そん<br>> なのGPL1から2になるときにさんざん議論して、安心できない人は「GPL version 1,<br>> but not later version」とか書いてたでしょう?<br><br>私が初めてフリーソフトウェアに触れたのは1995年でしたので、GPL2制定時の議論については存じません。1991年当時の議論を知っているのは、今日フリーソフトウェアに関わっている人々のうち少数だと思います (私が不勉強なだけかもしれません)。制定当時の議論に興味がありますので、何か参照すべきポインタを教えていただけませんでしょうか。<br><br>> 「GPL3」がもし出たら、ライセンス形態の選択肢が増えるわけです。過去のGPLは、将<br>> 来新版のGPLが出たときに、選択肢が増えるように作られています。より自由になるよ<br>> うにしているのです。しかも選択の自由がフリーソフトウェアの著者ではなく、利用者<br>> に約束されているのです。 <br><br>ライセンス形態が増えるのではなく、多数意思によりソフトウェアのライセンスがGPL3に移行してしまうことで、少数派が取り残される危険性がある、というのが、私の主張です。<br><br>> http://kazuho.exblog.jp/1624574/ で、「GNUがライセンスの改変権を保持」とありま<br>> すが、これは単なる誤解です。<br><br>という部分についても、私の主張は上のとおりであって、「GPL3が出たらGPL2が無効になる」と誤解しているわけではありません。

_ まつもと (2005-01-27 00:18)

「同列に論じるのは間違い」とおっしゃいますが、では、どのようなシナリオで違いが生じるのでしょう。<br>少なくとも http://kazuho.exblog.jp/1654258/ で述べられている事態は「(ある種の)特許条項」全般の問題でGPL3に限定されませんよね。<br><br>また、kazuhoさんは繰り返し繰り返し「少数派が取り残される危険性」とおっしゃいますが、具体的にどのような「危険」があるのか私にはちっともわかりません。<br><br>現時点でFSFを信頼できない人は「any later version」を取り除けば良いわけですし、GPL3が登場した時になにか不都合があることが分かった場合には、その時点でアクションを取っても間に合うはずです。自分が所有するプロジェクトなら、そこで「any later version」を取り除けば良いわけですし、貢献者は自分のコードを取り下げることができると思います(自分の特許を含むコードをGPLソフトウェアに寄贈するなんて行為がかつてあったとは思えませんが、それはそれとして)。<br><br>となると、「危険な状況」というのは一体どういうものなんでしょう。かなり無理して考えられるのは「自分の特許を含むコードをFSFに寄贈してしまった」というケースでしょうが、そんなケースが現実的だとはとても思えません。<br><br>いずれにしても、アジるにしても、FSFに直接抗議するにしても、具体的な危険性を述べることができなければ、実りある議論にはならないと思います(FSFにも相手にしてもらえないかも)。まず、「GPL3に〜というような条項が含まれたとしたら、〜にとって望ましくない〜という事態が生じる」ということが具体的に述べられてはじめて、「では、そのような条項を含めてはいけない」とか、「いや、その事態は(FSF的には)問題ではない」とかという話になるのではないでしょうか。それもなしで、具体性のない「危険性」とか「可能性」とかを論じても空しいだけに感じられます。

_ kazuho (2005-01-27 01:10)

> 「同列に論じるのは間違い」とおっしゃいますが、では、どのようなシナリオで違いが生じるのでしょう。 <br><br>GPLに最初から不争条項が入っていた場合、GNU/Linuxというプラットフォームにこれほど多くの商用ソフトウェアベンダーが参入したとは、僕には思えませんが、まつもとさんは、そのように認識されているのでしょうか。

_ まつもと (2005-01-27 02:08)

特許について明言されていないGPL2は特許を保持する商用ベンダ参入の障害になっている可能性も否定できませんし、どのような条項か具体的に仮定しなければ推測もできません。しかし、私にはそのような仮定に意味があるとは思えません。<br><br>いずれにしても、なぜ「同列に論じるのは間違い」であるのか私にはあいかわらず伝わっていないのですが。

_ mad-p (2005-01-27 05:38)

>ライセンス形態が増えるのではなく、多数意思によりソフトウェアのライセンスがGPL3に移行してしまうことで、<br>>少数派が取り残される危険性がある<br>すみません、取り残されてどう困るのかわかりません。<br><br>GPL2 or laterなライセンスで公開された機能Aがあり、後にコミュニティーの合意でGPL3にライセンスを変更したとします。この後GPL3で新たな機能Bが追加・公開されたとします。この時点で、世の中には<br> GPL2 A<br> GPL3 A+B<br>という機能を持ったその製品があります。<br><br>このとき、GPL2で公開された機能AはあいかわらずGPL2で使えます。<br>>共有されるはずだったリソースの9割は使用できない<br>GPL2で使用できないのは、新たにGPL3で追加されたBの部分です。<br><br>GPL2でAがcontributeされた時点では、「将来誰かが追加するだろう機能BもGPL2で利用できる」などという約束はありません。「共有されるはずだったリソース」すなわちAはあいかわらず同じ条件の元で共有されたままです。Bは「共有されるはずだったリソース」には含まれません。GPL2でAが出た時点ではBは存在すらしなかったのです。<br><br>誰も何も損をしていないと思います。<br><br>> 「GPL3が出たらGPL2が無効になる」と誤解しているわけではありません。<br>GPL2が無効にならないのなら「GNUがライセンスの改変権を保持」という表現はおかしいですね。「あるソフトウェアXに適用されているライセンスGPL2を改変してGPL3に変更する権利」をGNUが保持しているわけではないのですから。<br><br>また、http://kazuho.exblog.jp/1624574/に以下のようにあります。<br>> 将来のGPLで、あなたが望まない改変が行われないとは限らない。<br>> その改変を多数派が支持した場合、あなたが望まない条件の下で、<br>> あなたのコードが配布/使用されることになる。<br>多数派である必要はありません。誰かひとりがGPL3の方がいいと思ったら、その人はGPL3を選択できます。「あるソフトウェアXのある利用者Yによる使用に際して、適用されるライセンスをGPL2からGPL3に変更する権利」を持っているのはGNUではなく配布を受けた利用者Yです。<br><br>「GNU」(という機関)とか「多数派」という言葉を使って「あなた」に対立する勢力や体制がを暗示する表現になっていますが、それは誤った印象を読者に与えます。「あなた」の望まない条件を選択するのは利用者です。利用者にはエンドユーザーも、そのまま再配布する人も、派生版を配布しようとする人も含まれます。<br><br>> あなたのコードが、あなたの望まない世界を強化するために利用されるわけだ。<br>なおこれは、GPLだけに限ったことじゃないですから、ここに書き加えられてるのは間違いではないにせよ、フェアではないですね。

_ kazuho (2005-01-28 01:40)

まつもとさんへ:<br><br>> また、kazuhoさんは繰り返し繰り返し「少数派が取り残される危険性」とおっしゃい<br>> ますが、具体的にどのような「危険」があるのか私にはちっともわかりません。 (A)<br><br>過去、まつもとさんは、<br><br>> GPL3においてなされる変更が、些細であっても「意味が変化する」場合には、その変化<br>> を受け入れられない人が切り捨てられるという懸念も、心情的にはわからないでもない<br>> ですが、実質的な問題が発生するシナリオはあんまり思いつきません。 (B)<br><br>とおっしゃっています。A と B は矛盾していますが、どちらがまつもとさんの本意なのでしょうか。<br><br>また、なぜ、具体的な危険が存在しえないのか、説明していただけないでしょうか。<br><br><br>> 自分が所有するプロジェクトなら、そこで「any later version」を取り除けば良いわ<br>> けですし、貢献者は自分のコードを取り下げることができると思います<br><br>いったんGPL2以上で公開したソフトウェアのライセンス条件を「2のみ」に変更できるとは、どういう論拠に基づくのでしょうか。<br>また、いったんGPLで公開したコードを「取り下げる」方法については、ぜひ教えていただきたく思います。<br><br><br>> 特許について明言されていないGPL2は特許を保持する商用ベンダ参入の障害になってい<br>> る可能性も否定できませんし、どのような条項か具体的に仮定しなければ推測もできま<br>> せん。しかし、私にはそのような仮定に意味があるとは思えません。<br>> いずれにしても、なぜ「同列に論じるのは間違い」であるのか私にはあいかわらず伝わ<br>> っていないのですが。<br><br>わかりました。長くなるので、私のブログで追ってご説明いたします。<br>ちなみに、「特許について明言されていないGPL2」というのは、ソフトウェアの使用許諾に特許の使用許諾が付随するか否か、GPL2 に明言されていない点を指しているのですよね? (http://kazuho.exblog.jp/1831142/ の 1) 確認させてください。<br><br><br>mad-p さんへ:<br><br>mad-p さんの主張は、あいかわらず、変更の可能性が周知されていたということを前提とされているようにお見受けします。 (私の誤読であれば、その旨指摘していただけますか? 変更の可能性が周知されていなかったという前提の下に改めて反論させていただきます)<br><br>反論するなら、私の、<br><br>> 1991年当時の議論を知っているのは、今日フリーソフトウェアに関わっている人々のう<br>> ち少数だと思います<br><br>という反論を崩す等の方法で私の前提を否定するか、私の前提の上にたって、論を展開していただけませんでしょうか?<br><br>また、私のブログについて問題点を指摘するなら、私のブログにコメントをつけていただきたいと思います。

_ pot (2005-01-28 04:58)

どうもよくわからないのですが、kazuhoさんは一体なにが目的なんでしょうか?<br>よかったら教えてください。<br>FSFやGPLの問題であれば直接FSFへ問題提起してはいかがでしょうか。<br>(kazuhoさんには明確な問題があると認識されているようですので)<br>すでに実行していらしたら申し訳ないです。<br><br>また、どうも言葉尻を捉えて反応しているようですがそれでは議論にならないと思いますよ。<br><br><br>例えばまつもとさんの発言ですが<br><br>> また、kazuhoさんは繰り返し繰り返し「少数派が取り残される危険性」とおっしゃい<br>> ますが、具体的にどのような「危険」があるのか私にはちっともわかりません。 (A)<br><br>> GPL3においてなされる変更が、些細であっても「意味が変化する」場合には、その変化<br>> を受け入れられない人が切り捨てられるという懸念も、心情的にはわからないでもない<br>> ですが、実質的な問題が発生するシナリオはあんまり思いつきません。 (B) <br><br>ですが、(B)は直感的には理解できなくもない(そういう人がいるだろうという推測)けれど<br>も、具体的にどのような問題があるかわからない、ということでしょうし、(A)はそれ(具<br>体的にどのような問題があるかわからない)だけを書かれているだけに見えます(推測の部分<br>が無い)。つまりなんの矛盾もないように見えるのですが、どのあたりに矛盾を感じたので<br>しょうか。<br># といってもまつもとさんの意図と異っていたら申し訳ありません。<br><br>また、変更の可能性の周知についても、「any later version」ということは単純に考えれ<br>ば将来変更版を作る可能性があることの周知そのものではないでしょうか?(変更しないな<br>らそれ以降の版は存在しませんからね)

_ mad-p (2005-01-28 07:51)

「変更の可能性が周知されて」いようがいまいが関係なく、人数が多かろうが少なかろうが0でさえなければ、という前提で、論を展開したつもりだったのですが、うまく表現できていないようで申し訳ないです。<br>周知が不十分だったからと言って「取り残される不都合」がどう変わるのかが、やはり理解できていません。私が(2005-01-27 05:38)で書いたことは、周知が不十分である場合にも成立すると考えて書いたので、kazuhoさんの前提の元での反論をお聞かせください。<br><br>> 1991年当時の議論を知っているのは、今日フリーソフトウェアに関わっている人々のう<br>> ち少数だと思います<br><br>これを論破することはgive upします。大規模なsurveyでもして、「ほら、多数だったでしょ」とやらない限り無理ですしね(逆に言うと「少数だ」という言明も大規模なsurveyなしには説得力はないですよ)。ちなみにany later versionを話題にとり上げているURLをいくつか紹介しておきます(公開された順に並べたつもり)。1991年当時のものが見つけられなくて申し訳ありません。<br>http://motoyuki.bsdclub.org/d/d200103a.html#01-1-2<br>http://www.fastwave.gr.jp/diarysrv/mad-p/200103a.html#20010306-3<br>http://slashdot.jp/article.pl?sid=01/08/22/075215<br>http://www.gnu.org/licenses/gpl-faq.ja.html#VersionTwoOrLater<br>http://www.fastwave.gr.jp/diarysrv/mhatta/200205b.html#20020513-9<br>Note: これらのURLは「any later version部分について理解している人が実在した」ということは示しますが、「よく知られていた」or「あまり知られていなかった」の根拠にはならないですね。GNUによるGPL FAQを含めていますけど、これも「周知が行われた」ことは示せても「十分だった」とはやはり示せません。<br><br>kazuhoさんのブログについて言及した部分はそちらのコメントにもコピーしておきます。

_ まつもと (2005-01-28 08:40)

> A と B は矛盾していますが<br><br>矛盾していません。その理由はpotさんが推測された通り、Aは「危険性が思い付かないこと」に言及し、Bは「可能性は否定しないが、危険性は思いつかない」ことに言及しているからです。こう言い換えると矛盾していないことがはっきりするのではありませんか。<br><br>また「具体的な危険が存在しえない」などとは主張していませんし、思ってもいませんから、説明はできません。私が言っているのは「具体的な危険を 思 い つ か な い」から「kazuhoさんが念頭に置いている具体的な危険性を聞きたい」ということです。また「今回の場合、具体的な危険性も思いつかないような漠然とした仮定での議論に意味はない」とは思っています。<br><br>「可能性」ということは否定しません。GPL3で導入される条項の内容によって、GPL2なら同意できていた人に受け入れられないということは理屈としてはありえるでしょう。また、心情的な原因でそのことに反発する気持ちは否定しません。しかし、じゃあそれが現実に起きるかというと、とても起きそうにないように思えます。「具体的にどう発生するかはわからないけれども、可能性として発生しえるならそれに対処しなければならない」ということで、将来のGPL3での条項変更が受け入れられないものになるかもしれないと考えるなら、GPLは選択するべきではない(あるいは特定のバージョンのGPLを選択するべき)というだけのことです。ただ、私にはその心配は杞憂に思えます。<br><br>ライセンス条件の変更については、著作権者は自分のソフトウェアのライセンスを自由に決められることから、自分のソフトウェアのライセンス条件から「any later version」を取り除く(あるいはコントリビュートしたコードを取り除いてもらう)ことを考えていました。しかし、過去に遡ったライセンス変更はできませんから、GPL3の条項によっては無意味なケースがありえますね。私自身がGPL3に対して暗黙の前提を取り込んでいました。この点については取り下げます。<br><br>kazuhoさんは一貫して「将来の変更が周知されていない」ということを前提にしていますが、GPLはその9条で明確に「将来の変更」について言及しているわけですし、これを読んで「周知されていない」と考えるのには無理があると思います。理解していない人がいる(あるいは「多い」)かもしれませんが、だから契約が免除されるかというと疑わしいでしょう。また、FSFが将来どのような変更を行うのはかあらかじめ分かっていないので(当たり前ですが)、そのことが「FSFに対する一方的な信頼を要求する」という主張には同意しますが、そもそもGPLを選ぶことが「ソフトウェアの自由の擁護の方法としてFSFのやり方に従う」という意味を持つというだけのことではないでしょうか。FSFの(将来の)行動を信頼できない人は「GPLを選ばない」あるいは「特定のバージョンのGPLを指定する」のいずれかを行えばよいということではないかと思います。「ダブルスタンダード」とかおっしゃいますが、そもそも対等の関係でないのでそれは当たらないのではないかと思います。FSFがGPL利用者に対して「信頼」して「性善説」を取るというのは現実的ではないでしょう。利用者はFSFを信頼してGPLを利用するか、しないか、選択できますが、FSFはだれがGPLを利用するか選べないわけですから。<br><br>最後に「特許について明言されていないGPL2」というのはおっしゃる通り、特許の使用許諾について明言されていないことを意味します。

_ まつもと (2005-01-28 18:16)

たとえば、「CPLのような特許条項がGPL3に入ったら、どのような人にどのような不利益がある」という議論であれば有意義になる可能性が高いですし、その議論の結果「では、GPL3にはこのような条項を入れるべきではない」とか「そのような不利益を受ける人はほとんどいないだろうから問題ない」とかの結論を引き出すこともできるでしょう。<br><br>しかし、「FSFは信頼できないからGPL3にどのようなヒドい条項が導入されるか予想できない(し、それをとどめる手段がない)から、GPLは変更すべきではない(or whatever)」という話は、GPLを変更する権利そのものがFSFにある以上、不毛にならざるをえないように思います。自分がFSFの立場だとしたら、見知らぬ誰かから「あなたたちは信頼できないから、こうすべきだ」と主張されても「なにを言ってるんだ」ということになりませんでしょうか。

_ Nick (2005-01-29 00:25)

議論、興味深く拝見しております。<br>まつもとさんの発言で非常に気になる点があります。<br><br>(2005-01-27 00:18)に、<br>現時点でFSFを信頼できない人は「any later version」を取り除けば良いわけですし、<br>GPL3が登場した時になにか不都合があることが分かった場合には、<br>その時点でアクションを取っても間に合うはずです。<br>自分が所有するプロジェクトなら、そこで「any later version」を取り除けば良いわけですし、<br>貢献者は自分のコードを取り下げることができると思います。<br>となると、「危険な状況」というのは一体どういうものなんでしょう?<br><br>と発言されていますが、上の退避策が事実誤認であると(2005-01-28 08:40) で認め、なおかつ、<br>他の退避策について言及がなされていない以上、まつもとさんの主張は<br><br>現時点でFSFを信頼できない人は「any later version」を取り除『くことができないわけですし』、<br>GPL3が登場した時になにか不都合があることが分かった場合には、<br>その時点でアクションを取『ることもできません』。<br>自分が所有するプロジェクトなら、そこで「any later version」を取り除『くことができない』わけですし、<br>貢献者は自分のコードを取り下げることが『できない』と思います。<br>となると、危険な状況というのは『こういうものです』。<br><br>ということになります。<br>kazuhoさんに具体例を求めるまでもなく、皮肉にもご自身が例示してしまったわけです。<br>にもかかわらず、いまだに、危険性がないと考えていらっしゃるかの発言は理解に苦しみます。

_ まつもと (2005-01-29 00:37)

私は「危険性がない」などとは考えていませんし、そういう発言もしていないはずです。してたら訂正します。<br>私が言っているのは「(私には)具体的な危険のケースが思いつかない」だから「具体的な危険について取り上げなければ議論の価値はない」ということだけです。<br><br>混乱を招いているとしたら、最初のころの「私はFSFを信じているし、(可能性はあるにしても)危険性を感じていない」というような私の発言にあるのだと思います。

_ Nick (2005-01-29 01:52)

「危険性がない」がお気に召さないのであれば<br>「具体的な危険を 思 い つ か な い」(2005-01-28 08:40) でも構いません。<br><br>なぜなら先の私の発言(2005-01-29 00:25) は、<br>「まつもとさんが具体例を提示してしまった」という趣旨だからです。<br>「具体例ではない」という反論は容易に想定できますが、<br>以下の理由から却下します。<br><br> (2005-01-27 00:18) にまつもとさんは、<br><br>>また、kazuhoさんは繰り返し繰り返し「少数派が取り残される危険性」とおっしゃいますが、<br>>具体的にどのような「危険」があるのか私にはちっともわかりません。<br>><br>>現時点でFSFを信頼できない(以下略)<br>><br>>となると、「危険な状況」というのは一体どういうものなんでしょう。<br><br>と書いています。<br>つまり、まつもとさんは、「現時点で(以下略)」を想定しうる「具体例」として挙げ、<br>それを否定することで、具体例の存在を否定したわけです。<br>ですから、「現時点で(以下略)」を具体例でないということは不可能です。

_ まつもと (2005-01-29 08:11)

おっしゃることの意図がよく分かりません。<br><br>私があげた「具体例」が成立していたのであれば「GPL3の条文がどのようなものであれ対応可能」だったのですが、世の中はそんなに甘くなかったということです。<br><br>私がそれを取り下げたので「GPL3の条文によっては問題が発生する可能性がある」という事実は残ります。が、(FSFや現在コードをGPL2で提供している人が合理的な行動を行う限り)具体的な問題を思いつかないという私の立場は変わりません。で、問題はないとは言ってなくて、「私には思いつかないけど、あれば具体的に指摘してくれれば有意義な議論ができる」というのが私の意見です。<br><br>で、私に精一杯思いつく具体的な不都合は<br><br> * GPLを適用した人が合理的な行動を取らなかった、つまり、たとえば自分の特許を含<br> むコードをGPLで提供した、など。<br><br> * FSFが合理的な行動を取らなかった、つまり、周囲の反対を押し切って、わけのわか<br> らないGPL3 をリリースした<br><br>くらいです。いずれもあまり起きそうにない事態だと思うのですが(FSFの実績を考慮せず、信頼しない人には後者はありえるのかもしれませんが)。

_ maeda (2005-01-29 14:34)

将来、ライセンス内容が変更されるかもしれないこと、ライセンスに従う配布物の将来のバージョンを、ライセンスの新たなバージョンに従って配布してもよいことを明記しているのは、GPLに限らずCPL,MPLなど他のライセンスでも同様です。<br><br>1.なぜFSFだけを有罪とするのでしょうか?<br><br>2.GPLの(というかcopyleftという考え方の)大きな目的は、おおまかに言って「ソフトウエアのcontributorやuserがソースコードにアクセスし、改変し、再配布する権利を将来にわたって保証すること」です。この目的を達成するために、ライセンスがより厳しく(ソースコードへのアクセス権の保証をより強めるよう)改良される可能性があることをFSFは明確に述べています。<br>"Why should programs say "Version 2 of the GPL or any later version"?"<br> http://www.gnu.org/copyleft/gpl-faq.html#VersionTwoOrLater<br><br>また、プログラム改良の際に、新バージョンをより厳しいライセンスで配布することを明確に薦めてもいます。<br>"Why you shouldn't use the Library GPL for your next library."<br> http://www.gnu.org/licenses/why-not-lgpl.html<br>このようにあちこちで周知しているにもかかわらず、1つの文書だけを取り上げて「FSFは、この点の注意を喚起せずに〜倫理的に問題だと思います。」と言うのは事実の歪曲ではないでしょうか。<br><br>3.たとえ周知が十分でなかったと仮定したとしても、不可逆なライセンス改定の可能性をGPL自体にFSFがもともと含めていたことは「事実」です。だからこそLinus Torvalds氏は3年も前にもオプションとして明確に特定のバージョン(後続のバージョンでなく)を指定したわけでしょう。なぜ今になって、GPLが以前と態度を変えた/信頼できなくなったかのような言い方をするのでしょうか?

_ maeda (2005-01-29 14:35)

3.s/GPLが/FSFが/

_ Nick (2005-01-29 17:40)

まつもとさんが認めた事実誤認に基づいて、<br>まつもとさんの論理展開を読み直すと、<br>まつもとさんご自身がまつもとさんの主張に反した具体例を示している、<br><br>というのが私の発言の趣旨であり、<br>そのところの整合性を説明していただければ、というのが私の発言の目的でした。<br>(2005-01-29 00:25) で非常に具 体 的にご説明しているので、容 易にご理解いただけるはずです。<br>本来申し上げるまでもないことですが、<br>いったん行なった主張の誤りを認めることはできても、その主張を消去することはできません。<br><br><br>まつもとさんはこれまでに少なくとも二度、<br>ライセンスの基本的な部分に関して誤った発言をされています。<br><br>(2005-01-25 16:59) <br>>ライセンス変更には著作権者全員の合意が必要<br><br>(2005-01-27 00:18)<br>>現時点でFSFを信頼できない人は「any later version」を取り除けば良いわけですし(略)<br>>貢献者は自分のコードを取り下げることができると思います<br><br>このような初歩的なことが理解できていないまつもとさんですが、<br><br>>私は私自身よりも彼を信頼します。(2005-01-25 23:24)<br>(彼=Stallman)<br><br>とおっしゃっています。<br>Stallmanの方がまつもとさんより信頼できる点については私も賛成ですが、<br>まつもとさんがStallmanの理念に基づくライセンス条項さえ正確に理解していない以上、<br>まつもとさんのいう「信頼」とは論理に基づくものではなく、心情的なものにすぎません。<br>盲目的に「信頼する」という行為は「信仰」と呼ぶべきものであり、<br>議論の対象とはならないでしょう。<br><br><br>いずれにせよ、<br><br>>具体的に指摘してくれれば有意義な議論ができる(2005-01-29 08:11) <br><br>とおっしゃるまえに、ご自身がもう少しライセンスについて勉強されれば、<br>「有意義な議論」になるのではないでしょうか。

_ まつもと (2005-01-29 18:29)

少し理解できました。<br><br>私は取り下げたのは「できる(or すれば問題なし)」であって、それを取り下げたと言っても「常にできない」とはならないと思います。ですから、Nickさんの発言をそういう論点で書き換えると<br><br>---<br>現時点でFSFを信頼できない人が(すでにGPLを適用したソフトウェアから)「any later version」を取り除『いても意味がないことがあるわけですし』、<br>GPL3が登場した時になにか不都合があることが分かった場合には、その時点でアクションを取『っても意味がないこともあります』。<br>自分が所有するプロジェクトなら、そこで「any later version」を取り除『いても意味がないことがある』わけですし、<br>貢献者は自分のコードを取り下げ『ても意味がないことがある』と思います。<br>---<br><br>で、「問題なし」とならなかったのは私にとって残念ですが、上記の文章は「意味がないことがある」あるいは「問題があることがある」ということしか意味しないので、それがすなわち「危険な状況」とはならないと思います。もちろん「危険の可能性」は残っていて、それそのものは否定しません。<br><br>私に知識が足りないことは否定しませんが、指摘された間違いのうち<br><br>>ライセンス変更には著作権者全員の合意が必要 <br><br>についてはいまだにそうだと思っています。一部とは言え、著作権を保持する他者の合意なしに勝手にライセンスを変更してもかまわないものなんでしょうか。この場合の「ライセンス変更」とは「GPL2→GPL3」のような予告されているものではなく(こちらは合意していると考えます)、「GPL→BSDライセンス」のようなコードを貢献した時点では予想していないものを想定しています。これは間違いなんでしょうか。間違いであってくれた方が私には都合が良いのですが。<br><br>後者(「any later version」を取り除けばよい)については、自分ではライセンスについての無知というよりは「将来の変更」などに暗黙の前提を導入してしまったせいだと思っていますが、まあ、結局はライセンスについて勉強が足りないからそういう間違いをしてしまったと言われれば言い返せませんね。

_ kazuho (2005-01-31 13:23)

議論が散逸しているので、私の論旨を整理しておきました。<br><br>http://kazuho.exblog.jp/1883201/ において、ライセンスが変化するということが周知されていないこと、FSF が周知が必須だとしていないこと、を指摘しました。<br><br>http://kazuho.exblog.jp/1883213/ において、 GPL FAQ の説明が的確でない点を指摘しました。<br><br>http://kazuho.exblog.jp/1883213/ において、 FAQ に記されていない、開発者個々の権利の問題について論じました。<br><br>また、まつもとさんが主張される「具体例」がなぜ不要なのか (なぜ「具体例」が現れてからでは遅いのか) については、 http://kazuho.exblog.jp/1883241/ をご覧いただければと思います。<br><br>大まかな議論については、これで答えになっていると思います。<br><br><br>あとは、瑣末な点ですが、<br><br><br>pot さんへ:<br><br>> どうもよくわからないのですが、kazuhoさんは一体なにが目的なんでしょうか?<br>> よかったら教えてください。<br>> FSFやGPLの問題であれば直接FSFへ問題提起してはいかがでしょうか。<br>> (kazuhoさんには明確な問題があると認識されているようですので)<br>> すでに実行していらしたら申し訳ないです。<br><br>議論と関係のない話を持ち出されても困ります。<br>それとも、私には、直接 FSF へ問題提起する義務でも課せられているのでしょうか?<br><br>> また、どうも言葉尻を捉えて反応しているようですがそれでは議論にならないと思いますよ。<br><br>茶飲み話をしているのではありません。ライセンスを検討する際に、言葉尻を気にしていないような大雑把な議論で良いと考えているようであれば、契約相手に足元をすくわれかねませんよ。<br><br><br>maeda さんへ:<br><br>> 1.なぜFSFだけを有罪とするのでしょうか?<br>なぜ、他についても指摘しなければいけないのですか? 何かに問題があることに気づいた場合、他のあらゆる事物について調べた後でなければ、指摘してはいけないのでしょうか?<br>それとも、他も同様のことをしているのだから、 FSF は悪くない、という主張でしょうか?<br>なお、このページの最初のコメントのリンクを見ていただければ、私が CPL や MPL についても同様の問題があると指摘している点、ご理解いただけると思うのですが、いかがでしょうか?<br><br>> 2.〜<br>上のリンクをご覧ください。<br><br>> 3.なぜ今になって、FSFが以前と態度を変えた/信頼できなくなったかのような言い<br>> 方をするのでしょうか?<br>今、気づいたからだ、っていう反論だってありだと思いますが...<br>そもそも、私がそのような言い方をしたでしょうか? しているのであれば、具体的に指摘していただけませんか?<br><br><br>まつもとさんへ:<br><br>長々とおつきあいいただき、ありがとうございます。Yes / No でいいので確認させていただけますか?<br><br>Q1. まつもとさんは、ライセンス条件変更の可能性が周知されていなかった場合でも、著作権者は「少数を切り捨てるような」変更を行ってもよい、というお考えなのでしょうか?<br><br>(以下は Q1 が「Yes」だった場合のみ)<br>Q2. (Q1 を具体論にすると)たとえば、ruby の将来のバージョンにおいて、「少数を切り捨てる」ようなライセンス条件の厳格化が行われる可能性がある、と理解してよろしいのでしょうか?<br><br>Q3. また、まつもとさんが実際に ruby の条件変更をするかしないかは別として、変更することに倫理的な問題は存在するでしょうか、しないでしょうか。<br><br>以上、ruby ユーザーの一人として (ほんのちょっと使うだけですが) お伺いできればと思います。

_ maeda (2005-01-31 16:56)

「少数を切り捨てるような」変更を行ってよいか?<br>というのは、良く知られた"Have you stopped beating your wife?"と同じく、Yesと答えてもNoと答えても不利になる意地悪な質問ですね。<br><br>これに対してYes/Noで答えよ、というのは、公正に議論する態度とはいえないと思います。

_ まつもと (2005-01-31 17:00)

まず、質問をいただきましたが、このままではお答えすることはできません。<br><br> Q1. まつもとさんは、ライセンス条件変更の可能性が周知されていなかった場合でも、<br> 著作権者は「少数を切り捨てるような」変更を行ってもよい、というお考えなので<br> しょうか?<br><br>「周知されていない」および「少数を切り捨てる」という言葉が意味するところが明確ではないので、返答できません。どのような状態であれば周知されているとみなすのでしょうか。切り捨てられる少数とは著作権者のことでしょうか、それともユーザ(ライセンシ)も含むのでしょうか。ご自分で「言葉尻を気にしていないような大雑把な議論」ではないとおっしゃるからには、質問においても言葉を明確にしていただきたいと思います。<br><br>「周知」については、私自身は「any later version」で周知は十分という立場です。前段が成立していないので、後段は無意味です。ライセンス変更に関して、あえて私の考えを述べると、<br><br> * ライセンスの(条文の)変更はさかのぼっては行えない<br> * ライセンスの変更には著作権者の同意が必要<br> * ライセンスの変更はライセンシの意向は関係ない<br><br>です。しかし、このことが「少数を切り捨てる」ことになるとは認識していません。<br><br> (以下は Q1 が「Yes」だった場合のみ) <br> Q2. (Q1 を具体論にすると)たとえば、ruby の<br> 将来のバージョンにおいて、「少数を切り捨てる」ようなライセンス条件の厳格化<br> が行われる可能性がある、と理解してよろしいのでしょうか?<br><br>上と同じ理由で返答できません。私自身が私の開発したソフトウェアのライセンスを変更する場合には、関連する著作権者の同意を得るよう努力します。連絡がつかない人が存在するかもしれませんが、その場合は「連絡をつけるべく十分な努力を払った」ことをもってその代わりにしるのではないかと思います(でも、たぶん、それだけのコストを払いたくないし、「十分な努力」の証明も面倒なのでライセンス変更はしないでしょう)。これは著作権保持者についてのみで、利用者(ライセンシ)に対しては、なんら義務を負っていないと思います。<br><br> Q3. また、まつもとさんが実際に ruby の条件変更をするかしないかは別として、変更<br> することに倫理的な問題は存在するでしょうか、しないでしょうか。<br><br>私は著作権譲渡契約を結んでいないので、私以外の著作権保持者に対する倫理的な責任はあると思います。<br>ですから、仮にライセンス変更を行うとしたら、彼らの合意を得る(少なくとも十分に努力する)べきでしょう。<br>ライセンスに関して個別のユーザに対する倫理的な責任はないものと考えます。<br><br>----<br><br>で、私はいまだにFSFのGPLのあり方に対して、どのような具体的な問題があるのか想像もできないので、具体論なしではこれ以上の議論は交差しないと考えています。<br><br>確かにGPL3の条文によってなんらかの問題が発生する可能性を私は否定できません。ですから、危険性はゼロではないです。しかし、これだけ話しても具体的なケースが出てこない以上、「机上の空論」とか「杞憂」である可能性の方が高いような気がしています。<br><br> 【杞憂】き‐ゆう<br> (中国の杞の国の人が、天地が崩れて落ちるのを憂えたという故事に基づく) 将来のこ<br> とについてあれこれと無用の心配をすること。杞人の憂い。取り越し苦労。「―であれ<br> ば幸いだ」<br> 広辞苑より<br><br>今までの議論を通じて、具体的な問題が「GPL3がBSDライセンスになったら」などというクダラナイ(かつ非現実的な)ものでしかない現状では、建設的な意見の登場は期待できません。であれば、あとは専門家(弁護士のセンセイとか)に相談するなり、FSFに直訴するなりの行動しかないのではないでしょうか。弁護士先生が「ここが問題だ」と具体的に指摘してくださるようなことがあれば、ぜひお聞かせください。<br><br>----<br><br>最後に、FSFは将来のGPLに対して完全にフリーハンドではないと考えています。問題の9条の文面はこうです。<br><br> 9. The Free Software Foundation may publish revised and/or new versions<br> of the General Public License from time to time. Such new versions will<br> be similar in spirit to the present version, but may differ in detail to<br> address new problems or concerns.<br><br>ですから「will be similar in spirit to the present version」であることは約束されているわけです。<br>ま、このことも信じられないかもしれませんが...。<br><br>個人的には、この条文がある以上、ライセンサは将来のGPLが明らかに「be similar in spirit」ではないと感じた時には、それを「later versionとはみなさない」と(後からでも)宣言できると思っています。なぜなら権利保持者はあくまでもライセンサであり、FSFはその文面を用意しただけだからです。しかし、これはもうちょっと勉強しないと断言はできませんね。

_ まつもと (2005-01-31 17:10)

補足<br><br>ライセンサ - 著作権者<br>ライセンシ - ソフトウェアのユーザ<br><br>です。

_ maeda (2005-01-31 19:08)

azuhoさんのblog、拝見しましたが…<br><br>> FSF が、より使用条件の緩和されたバージョン3をリリースすれば、著作権<br>> 者の意思に関係なく、その著作物を新たな使用条件の下で使用できるようにな<br>> る。<br><br>「より使用条件の緩和された」というのが具体的にどういうことを指すのか不<br>明ですが、自由に緩和するようなことはできません。<br><br>いったんバージョン2の元で公開されたソフトウェアの新しいバージョンは、<br>バージョン2で言うところのderivative work ですから、バージョン2 に矛盾<br>するような配布方法をとることはできません。ライセンスを改変したとしても、<br>バージョン2と矛盾しない規定(たとえば、特許不争条項)を付け加えること<br>ができるだけです。<br><br>まるで「FSFの意思しだいで、自分のソフトウェアのライセンスが全く任意に<br>変えられるかも知れない」かのような不安を煽る、事実に反する書き方は、<br>FSFに対するF.U.D.攻撃と言わずして何と呼べば良いでしょう。<br><br>> GNU は、GPL ソフトウェアのライセンス条件に、<br> (一部略)<br>> ... either version 2 of the<br>> License, or (at your option) any later version.<br>> ...<br>> と記すよう促している。<br> (略)<br>> ... FSF が、より使用条件の緩和されたバージョン3をリリースすれば、著作権<br>> 者の意思に関係なく、...<br><br>ライセンス条件に"any later version"と著作権者自身が書いたのですから、<br>「著作権者の意思に関係なく」とはぜんぜん言えないと思います。kazuhoさん<br>は、開発者が、自分の書いたことを全く理解しないという仮定を置いていらっ<br>しゃるわけですが、それは無茶苦茶な仮定でしょう。<br><br>「契約書ってなんか難しくて理解しにくいよね」っていう感想だ、というなら<br>「はあそうですか」と言うしかありませんが。<br><br>> FAQ は「more detailed information (より詳細な情報)」だとしている。この<br>> 点から分かるのは、開発者が GPL ライセンスの下にソフトウェアを公開する<br>> 際、「バージョン2以降」と書くことの意味を理解していることを、 FSF が<br>> 必須条件とはしていない、ということである。<br><br>それは曲解としか思えません。ライセンス本文だけでは理解しにくい人の理解<br>を助けるためにより詳細なFAQまで用意したFSFが、なぜ「FAQは読む必要がな<br>く、ライセンス本文だけ(理解しないまま)同意すれば良いと誘導している悪の<br>組織」になってしまうのでしょうか。<br><br>そもそも「契約文書に慣れていないから、理解しないまま同意した」というの<br>は何の言い訳にもならないわけですし、「契約文書に慣れていない人のために、<br>誤解を避けるための説明」などはライセンス文書に入れるべきものではありま<br>せん。ライセンス文書では、必要な条項をなるべく曖昧でなく記述するべきも<br>のです。解説は他に書くのが当然ではありませんか。<br><br>それなのに「GPL本文に、理解を助けるための説明がない」「理解を助けるた<br>めの解説は、ライセンスの他にある」ことをもって、FSFに悪意があると解釈<br>するのは全く理解できません。<br><br>> GNU FAQ は、「developers」という、一般的には個々の開発者をイメージする<br>> ような単語を使って、<br>><br>> However, developers are not obligated to do this; developers can<br>> continue allowing use of the previous version of the GPL, if that<br>> is their preference.<br>> (http://www.gnu.org/licenses/gpl-faq.html#VersionTwoOrLater)<br>><br>> と、あたかも個々の権利が保証されているかのように振舞っている。<br>><br>>  しかし、ここでは「developers」は、「個々の開発者」という意味ではない。<br>> 「開発プロジェクト」という意味なのである。<br>(略)<br>>  権利の保証といった重要な問題の説明において、このような曖昧な語の使い<br>> 方は、不適切である。しかも、結局、開発者個人の権利がどう守られるのかに<br>> ついては一切記載されていないのである。<br><br>もちろん個々の開発者は、好みに応じて以前のバージョンのGPLを使い続ける<br>ことができます。何の権利も失われていません。ここでkazuhoさんが保証されなくなるかのように言っている<br>「個人の権利」とは、「開発をフォークさせないで、少数派の人の思う通りの<br>ライセンス条件のまま全員が開発を続ける権利」ということになろうかと思い<br>ますが、そのような、未来永劫他人の労力を自分の思う通りに使うなどと言う<br>権利は、法的にも理念的にも存在するはずがありません。kazuhoさんは、もと<br>もと存在しなかった権利が、GPLによって失われるかのように述べているだけ<br>だと思います。

_ maeda (2005-01-31 19:14)

kazuhoさんのblogに関する議論をここで続けるのは不適切だったかもしれません。すみません。>まつもとさん。<br>議論を追う人のためには、なるべく片方にまとめたほうが良いと思ったので、こちらに書きました。

_ maeda (2005-01-31 19:46)

> > 1.なぜFSFだけを有罪とするのでしょうか?<br>> なぜ、他についても指摘しなければいけないのですか? 何かに問題があるこ<br>> とに気づいた場合、他のあらゆる事物について調べた後でなければ、指摘して<br>> はいけないのでしょうか?<br>> それとも、他も同様のことをしているのだから、 FSF は悪くない、という主<br>> 張でしょうか?<br>> なお、このページの最初のコメントのリンクを見ていただければ、私が CPL<br>> や MPL についても同様の問題があると指摘している点、ご理解いただけると<br>> 思うのですが、いかがでしょうか?<br><br>これほど一般的な条項であるにも関わらず、そしてライセンス文書に加えて理<br>解を助けるためのFAQまで用意しているにも関わらず「周知が足りない」と主<br>張し、さらにはCPLやMPLと違って特定のバージョンを指定する方法まで述べて<br>いるにも関わらず、ことさらにFSFだけを取り上げて感情的攻撃を続ける理由<br>が理解できません。<br><br>> > 2.〜<br>> 上のリンクをご覧ください。<br><br>上のエントリで書きました通り、ライセンス文書に親切な解説のようなものを<br>加えることは法的な曖昧さを招きかねず危険ですし、一般的でもないと思いま<br>す。まつもとさんからの質問にもありましたが「周知<br><br>> > 3.なぜ今になって、FSFが以前と態度を変えた/信頼できなくなったかの<br>> ような言い<br>> > 方をするのでしょうか?<br>> 今、気づいたからだ、っていう反論だってありだと思いますが...<br>> そもそも、私がそのような言い方をしたでしょうか? しているのであれば、<br>> 具体的に指摘していただけませんか?<br><br>これは私の誤読だったかもしれません。kazuhoさんは、ライセンスのバージョ<br>ン改訂および"any later version"と言う文言の意味するところについて、最<br>近気づいた。そしてその結果、いままでと理解がかわった、と考えてよろしい<br>でしょうか?<br><br>ご自分の理解が足りなかったことを元にして、以下のような(感情的なメタメッ<br>セージを含む)記述をなさるのは、どうかと思います。<br><br>> ましてや、 FSF は、通常の契約ではありえない性善説に基づいた「信頼」<br>> を開発者に要求している。その同じ組織が「ライセンスに書いてあるから問題<br>> ない」と言って契約を完全に理解できていなかった少数派を無視するとしたら、<br>> それはダブルスタンダードである。<br><br>FSFの運動には性善説に基づいた「信頼」とかが入ってくるかも知れませんが、<br>GPL自体は普通の契約だと個人的には考えています。FSFの理念に必ずしも賛同<br>しない企業も、GPLの契約に従って(信頼云々では無しに)ソフトを利用したり<br>配布したりしていると思います。<br><br>「企業が消費者と結ぶ契約に近い」というのはその通りだと思いますが、これ<br>と「対等な2者間で取り交わす契約」とGPLとで、何が違うのか理解できません。<br>いずれの場合も「契約を完全に理解できていなかった」人を救済する仕組みを<br>契約に入れるのは、原理的に不可能ではないですか。<br><br>>  GPL を運営する前提条件である、皆から信頼される組織でありたいと考えて<br>> いるのであれば、FSF はもっとオープンになるべきだ。ライセンスの改訂をこ<br>> そこそ検討したり、いい加減な著作権譲渡契約を交わしたりするべきではない。<br>> みずからを衆目にさらし、誤解の種をひとつひとつ取り除いてゆく、それがあ<br>> るべき姿ではないのか。<br><br>「こそこそ」とか「いい加減な」という感情的な表現は、(特にそれらに明確<br>な根拠がないことを考えると)避けるべきad hominem attackだと思います。

_ kazuho (2005-02-01 00:15)

まつもとさんへ申し上げたいこともあるのですが、とりあえず。<br><br>一般論として、私のブログへの反論は、私のブログにコメントとして書いていただくか、トラックバックしていただきたいと考えています。<br>その理由は、ここで私のブログに反論をされても<br> ・Matzにっきを読んで私のブログを読んでいない人にとっては、無意味である<br> ・私のブログを読んでMatzにっきを読んでいない人は、反論を知ることができない<br>からです。<br><br>しかし、それ以前の問題として...<br><br>maeda さんへ:<br><br>> いったんバージョン2の元で公開されたソフトウェアの新しいバージョンは、<br>> バージョン2で言うところのderivative work ですから、バージョン2 に矛盾 <br>> するような配布方法をとることはできません。<br>> ...<br>> まるで「FSFの意思しだいで、自分のソフトウェアのライセンスが全く任意に <br>> 変えられるかも知れない」かのような不安を煽る、事実に反する書き方は、 <br>> FSFに対するF.U.D.攻撃と言わずして何と呼べば良いでしょう。 <br>> ...<br>> 避けるべきad hominem attackだと思います。<br><br>私は「バージョン 2 の元で公開された」ソフトウェアについて何も書いていません。<br>私は、「バージョン 2 以上」で公開されたソフトウェアについて論じています。<br><br>1) 私が「以上」と書いていることに気づかなかったのであれば、注意力が散漫です。<br>2) 単に「以上」を書き落としたのであれば、あなたはライセンスを誤読しています。ご自身がリンクを貼った FAQ を、まずは読み直してはどうですか?<br><br>いずれにせよ、このような誤った理解に基づいて人格攻撃呼ばわりされるのは、非常に不愉快です。<br><br>2005-01-29 14:34 の独断と誤解に基づいた非難といい、まったく論ずるに値しません。<br><br>> kazuhoさんのblogに関する議論をここで続けるのは不適切だったかもしれません。<br>> すみません。>まつもとさん<br><br>などと格好をつける前に、あなたの無意味なコメントを削除してもらったらいかがですか?<br><br>そしたら、このページも少しは軽くなっていいんじゃないでしょうか。

_ まつもと (2005-02-01 08:41)

文脈から「バージョン2の元で」は「バージョン2限定で」ではなく「バージョン2の元で(「any later version」付きで)」という意味だと思います。もっとも「新しいライセンスにバージョン2と矛盾しない規定を付け加えることしかできない」という点には私も同意しませんが。<br><br>kazuhoさんにとって愉快では無かったのかもしれませんが、私にはmaedaさんの主張の多くには説得力がありました。たとえば<br><br> * ライセンス条件に"any later version"と著作権者自身が書いたのですか<br> ら、「著作権者の意思に関係なく」とはぜんぜん言えない<br><br> * 「GPL本文に、理解を助けるための説明がない」「理解を助けるための解<br> 説は、ライセンスの他にある」ことをもって、FSFに悪意があると解釈す<br> るのは全く理解できません<br><br> * 「こそこそ」とか「いい加減な」という感情的な表現は、(特にそれらに<br> 明確な根拠がないことを考えると)避けるべき<br><br>などの点です。これらについては「論ずるに値しません」と断ずるよりは反論があるならきちんと述べた方が良いのではないかと思います。<br><br>なお、ページが重いのは私のサイトの問題です。近いうちに修正できればと。

_ maeda (2005-02-01 10:52)

> いったんバージョン2の元で公開されたソフトウェアの新しいバージョンは、<br>> バージョン2で言うところのderivative work ですから、バージョン2 に矛盾<br>> するような配布方法をとることはできません。<br><br>の点については取り下げます。したがって、<br><br>> まるで「FSFの意思しだいで、自分のソフトウェアのライセンスが全く任意に<br>> 変えられるかも知れない」かのような不安を煽る、事実に反する書き方は、<br>> FSFに対するF.U.D.攻撃と言わずして何と呼べば良いでしょう。<br><br>については、私の誤りを全面的に認め、謝罪いたします。<br><br>しかし、それ以外の論点については、上と関係がなく、いまだに有効と考えています。<br><br>反論をお待ちしています。

_ kazuho (2005-02-02 23:17)

まつもとさんにこれだけは申し上げておかないといけないので:<br><br>ruby のライセンス方針について、真摯なご回答をいただき、ありがとうございました。<br><br><br>maeda さんへ:<br><br>私も、いろいろ買い言葉を書いているので、お気になさらないでください。<br><br>また、それ以外の点については、いずれも私のブログの文言についてのご意見だと思います。であれば、 2/1 0:15 に書いたように、私のブログにコメントするか、 maeda さんのブログからトラックバックするのが一般的だと思うのですが、いかがでしょうか?

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