えーと、逆ギレですか?
BSDの方が好きって人は多いだろうし、その方がより自由だと感じる人もいるだろう。
また、GPLではプロプライエタリなソフトウェアには組み込めないのだから、 「目的を問わずソースコードを再利用する自由」はGPLにないというも事実だ。
とはいうものの、これはやっぱりひどいんじゃないかと。
個人的には、 これからソフトウェアをオープンソースとして公開する時にどのライセンスを選んだらよいか迷ったら、 とりあえずGPLを勧める。
その理由は
というものだ。
もちろん、それ以外の理由があって(たとえばBSDライセンス・ラブとか)積極的に 別のライセンスを選びたい人は、なんの引け目もなくそれを選べばよいと思う。
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リンク先、間違ってませんか?<br>>ttp://japan.linux.com/opensource/04/07/20/1210226.shtml?topic=1<br>初めのhが抜けてるような。
(ひそひそ)2chの呪いがこんなところにも......
この記事のどこがひどいのかわからないんですが……
視野狭窄に陥ると自分の主張に都合が悪いものは<br>ひどく見えるんでしょう。記事自体はそれほど<br>すばらしいものでは無いけれど、ひどいというほど<br>では無い。むしろ貴重な指摘もあるので matz さんの<br>GPL お勧め記事よりはいいと思う。<br>無闇に GPL を薦めるほうがずっとひどいと思う。
リンク、直しておきました
「2年前にこういうことを書くと、一部の人たちにぼろぼろに言われたかもしれない。」<br>http://oka326.blogspot.com/2004/07/blog-post_21.html<br><br>これを読んだときはそんな人いないんじゃないかという気がしたのですが、まさかmatzさんが反応するとは。
GPLとDRMの類似性がさっぱり理解できなかった。<br>そこが記事として酷い点なのではないかな。
「ひどい」のはGPLが「自分の望む自由」をくれないからというだけの理由でGPLをおとしめている点です。<br>そりゃGPLコードをBSDライセンスのコードを混ぜることができなくて、ムカついたんだろうけど、それにはそれなりの理由があるわけで、「自由」っていう扱いの難しい単語を振り回して八つ当たりするのはかえってBSDライセンスのためにもならないと思います。<br>「束縛はなければない方が良い」なんてのはローティーンの論理でしょう。<br><br>「BSDライセンスの方が優れている」と言いたいなら(そしてそれそのものは私も否定しません)、<br>そういう幼い論理で感情的に叫ぶより前にやることがあるのではないかと。
少なくともあの記事を読む限りは、著者の「私はBSDライセンスの方が好きだ!」という主張しか伝わってきませんね。どちらのライセンスにも利点と欠点があるし、どちらを選ぶかはユーザ自身の美意識や利害で決まるわけですから。
商用だろうがフリーだろうが自分の成果を使ってくれれば嬉しい、って立場もあるよ。昔風の「フリーソフト」はそういうものが多かったんじゃないかなあ。XとかTCP/IPの実装とか。<br>ユーザがごく少数にしかなり得ないソフトを公開するならGPLでない方がうれしいかもしれない。SPICEは元はBerkelayのFORTRANのソースだよね。<br>あとソフトウェア以外の所有権や業務上の秘密が絡むところではGPLでないほうがありがたい場合もありますね。仕事で、Cygnusから非GPLのコードを買って使っていたこともあります
素直に「BSDライセンスのススメ」を書いた方が良いのにって思いました。
こういう風に反応する人もいるわけだし。それで人の目に多く触れやすくなるならその方がいいという考え方もありじゃないですか?
GPLに限界があるのは事実だと思いますが、その限界がBSDライセンスになれば改善されるのかという点には一切言及せず、ただGPLを批判するのは本末転倒な気がします。<br>結局「ソースをオープンにしたくない場合においては、GPLが邪魔になって、俺が自由にGPLなソースの流用ができない。だからみんなBSDライセンスにしろ」という話ですね。
>GPLの意図しなかった副作用<br><br>元々Richard StallmanはプロプライエタリなプログラムがいやになってGNUを作ったので、GPLソフトがプロプライエタリなソフトに取り込めないのは「GPLの意図した作用」ではないかと思う。<br>(でなきゃわざわざGPLなんて作らなかったんじゃないかな?)
だけどGPLはプロプライエタリなソフトに組み込まれない保証にはならないんだよ。例えばバイナリだけのソフトウェアの著作権侵害をどうやって証明します?<br>ソースコードの一部が利用されたとしてもそのことが著作者が知りえない場合は?
だからなに?<br><br>盗用したことを証明できないケースがあるから、盗用を禁ずる意図そのものが無意味であると?
無意味とはいえないけど著作権法というのは国際的にそういうもの。わたしはそれをちゃんと認識した上でGPLは作られたと思う。
あ、そうそう。それでも「組み込みにLinux」なんて事態は考えなかったと思うよ
ソースのライセンスって、端的に言えば「製作者の誇り」ですからね。盗用の証明が可能かどうかなんて問題にならないと思いますけど。
そう、そういう意識ならば問題ないともいえる。<br>けれどもまつもとさんの使っている携帯電話のROMにまつもとさんの書いたソースコードが入っているか非かほとんど知りえないというのも現実。<br>著作権で自分の権利を守ろうとすると個人ではなかなか大変なのよ
「ソースコード」ではなくて「ソースコード由来のバイナリ」かな。<br>そういえばソースをコンパイルした結果を著作権で保護するのも微妙ですね。