«前の日記(2003-06-08) 最新 次の日記(2003-06-10)» 編集

Matzにっき


2003-06-09 [長年日記]

_ メールリーダ妄想

私はここ10年以上メールリーダとしてcmailを使い続けているわけだが、 最近違った形のメールリーダが欲しいなと思っている。 以下のような条件を満たすMUAがあれば乗り換えちゃうかも。

  • 文章作成はEmacs(Emacsフロントエンドを持つ)
  • 数千(あるいは数万)通のメールでも(私のマシンで)さくさく動く
  • Bayesianフィルタ的自動分類
  • 全文検索機能

「Bayesianフィルタ的自動分類」ってのは、現在SpamかSpamでないかを判定するために使っているBayesian検定を 各フォルダごとに行うということだ。 「このメールは仕事用」とかフォルダに分類してくと 勝手に賢くなって仕事っぽいメールは適切なフォルダに分類してくれるというのが望ましい。 とはいえフォルダの数だけデータベースを持つというのはデータ量からも計算量からも富豪的過ぎるかなあ。

全文検索機能はある程度以上大量のメールを扱う時には必須になるだろう。 たぶん、検索結果を抽出した仮想フォルダのようなものも必要だと思う。

すでに似たような機能のMUAはありそうな気がするのだが、どうだろうか。

_ [OSS]オープンソース定義を拡大せよっ

通りすがりの人が指摘してくれたような 批判は スラッシュドットでもたくさんある珍しいものではない。 匿名ではないというところが見込みがあるけど。

しかし、以前にも書いたが、この人たちの思考の過程には興味がある。 いったいなにを主張したいのだろう。

前提となるのは以下の主張だろう。

「オープンソース」は「単にソースコードを公開している」ことだと誤解されやすい、悪い単語だ

これは、理解できる。私も同意する。ストールマンも最初からそう指摘しているし。

しかし、批判にはそれに続く以下の前提を含まれているように感じられる。

だから「オープン」と「ソース」から(俺が)推測する定義で使うのは当然だ。その言葉を作った人の決めた意味なんて関係ない

これはどういうことだろうか。この前提は正当なのだろうか、当然なのだろうか。 誤解しやすいから誤解してもよいのか、誤解を拡大再生産してよいのか。

世の中にはふたつの単語の合成語で個別の単語を組み合わせた意味と違う、 あるいは組み合わせた意味よりも狭い意味でしか使わない単語はいくらでもある。 違う例としては「ジャングル・ジム」(密林の体育館)、 狭い例としてはたださんのあげられた「携帯電話」がある。

携帯電話について

携帯電話といえば携帯する電話、だからPHSもコードレスホンの子機もすべて携帯電話に決まっている。結局、携帯電話なる普通っぽい名詞には、最大公約数な共通項はあっても、統一見解なんかないのである。

という主張はかなり滑稽に聞こえる。 正直なところ、私には「オープンソース批判」も同じように滑稽に聞こえるのだ。

そのような滑稽な主張を始めてしまう理由はなにか。興味深い。

_ [OSS]オープンソース定義を拡大せよっ(その2)

いや、批判派は「ソース」を「ソースコード」という意味にしか使っていないので生ぬるい。 技術者でない一般の人が「ソース」という単語を聞いて「ソースコード」なんて意味に捉えるはずがないだろう。 「ソース」といえば「源泉、源」である。

つまり、オープンソースというのは「出所が明らかであること」を意味するに決まっている*1

要するに最近話題になっている「トレーサビリティ」を含む広い概念なのだ。 たとえば、この肉はどこの牧場から来てて、その父親と母親はどの牛でということまで、 すべてのソース(出所)がオープンなのである。

オープン万歳。

そして、すべてのニュースソースをオープンにする「オープンソース・ジャーナリズム」。

なんだかものすごいもののような気がする。守秘義務はないのか。

*1  冗談なので本気にしないでね、お願い

本日のツッコミ(全7件) [ツッコミを入れる]
_ こんなところからすいません (2003-06-09 18:10)

哲学者のカントは、理念は仮象に過ぎないが統整的に機能するといっています。早い話、理念なんて幻だけど、人をそれで動くということです。つい最近、アラン・ケイもコンピュータの発展といった文脈でそんなことを語っていたような気がします。「理念」に反発する人は、現状維持を望んでいるだけではないのでしょうか。何かを向上せしめるスキルがあるかないかは別にして。オープンソースをめぐる一連の言説を一冊の本にして出版してくれないかなあ >アスキー

_ 杉野 (2003-06-09 23:39)

言葉においては、勝てば官軍ではないですが、もともとは間違っていても、<br>「最もよく使われている定義」は「正しい定義」になってしまいます。<br>言葉がコミュニケーションの手段である以上、それが元来の正しい定義であるかどうかは重要ではなく、<br>双方で定義が共通であることが最重要なわけですから。<br><br>オープンソースの場合、ソースを開示するだけの意味で用いる人もたくさんいるので、<br>彼らにとっては「ソースを開示することをオープンソースと呼ぶ」というのは正しい定義になってしまっているわけです。<br><br>彼らからしてみれば、それ以上の制約をつける元祖?オープンソースは<br>広く使われていない(ように彼らからすれば見える)定義を押しつけようとする<br>「間違った定義」だと受けとめられているのでしょう。<br><br>なぜ最初でオープンソースの正しい定義が正しく伝わらなかったかと考えると、<br>オープンソース運動家などのオープンソースに興味ある開発者以外のソフトウェア開発者にとって、<br>「オープンソース」という概念(のうち、ソースコードを開示するという部分以外)がなじみあるものではなかった、<br>という点に帰着させることができるのではないかと思います。<br><br>「携帯電話」は国民の間に広く普及し、また携帯電話とPHSや固定電話の子機の違いも利用者にとって<br>比較的明白であったからこそ、誤使用が生じなかったのではないでしょうか。<br>(移動通信機器(携帯電話やPHS等)を持っていない、また移動通信機器に興味がない人の中には、<br>携帯電話とPHSの区別がはっきりついていない人は割といるのではないかと思います)<br><br>「オープンソース」という概念はオープン+ソース(ソースを開示する)以上の意味を持っているにもかかわらず、<br>その部分がほとんど伝わらなかったため、誤解が生じてしまったのでしょう。

_ とみた (2003-06-10 09:05)

「携帯電話」は私の俺定義では、「ケータイ」と「PHS」を含みます :-) ま、それはそれとして、固定電話の子機を携帯している人はほとんどいないんじゃないかと思いますが… (^^;

_ 通りすがり (2003-06-10 12:00)

普通の人には、ソースと言ったらブルドックソースとかおたふくソースの方なのではないでしょうか。:)<br>ソースと言われて、即座に source に連結される普通の人はそんなにいないかと思います。

_ まつもと (2003-06-10 13:54)

sauceの方ですね。そっちの方が徹底してるとは思いますが、トレーサビリティとオープンソースジャーナリズムの冗談がぜひ使いたかったので。<br>sauceだとレストランのレシピみたいな面白くないのしか思いつきませんし。<br>冗談の舞台裏を解説するのは無粋ですがね。

_ はんばあぐ (2003-06-11 23:58)

アルファベットだとOpen Sourceとopen sourceで簡単に区別できるのにね

_ 岩室 (2003-06-12 14:34)

Emacsベースのさくさく動くMUA欲しいですねぇ(^^;<br>私もいろいろ妄想してたりはするのですが…(^^;;<br># 妄想だけではや×年……(^^;;;

お名前:
E-mail:
コメント:
[]

«前の日記(2003-06-08) 最新 次の日記(2003-06-10)» 編集

track feed Matzにっき Creative Commons License This work is licensed under a Creative Commons License.